45人が本棚に入れています
本棚に追加
「にゃあん、にゃ〜ん」
どこからともなく猫の鳴き声が聞こえ、きょろきょろと二人で辺りを見回す。
鳴き声の元を探ると、湿ったダンボール箱の中に黒、白、茶色の毛色を持つ三毛猫が居た。茶色は少しオレンジ色が強い。濡れ雑巾のような出で立ち。毛は勢いがなく、丸い顔に小さな目。鼻はピンクでふちは少しだけ黒い。仔猫だけれど、凛とした顔をしている。恭佑は手を伸ばし、そっと三毛猫を持ち上げた。
「あ、ハート模様」
里帆が三毛猫の首を指差す。茶色の毛がハートの形で生えている。
次の瞬間、春風がざぁっと音を立て、ふたりの頭上を疾る。それは枝をしならせ、花吹雪がはらりはらりと空中を覆う。
「桜の雨みたい。ははは、って、口開けたら花びらが入ってきた」
里帆は両手で髪を押さえ、恭佑を見た。彼は抱いた猫とにらめっこするように視線を通わせている。
「そんなに見たら、猫ちゃんが緊張するよ」
恭佑は、うん、と頷いて、猫を抱き直した。
「何が、うん、なの?」
恭佑は穏やかに笑い、静かに言った。
「この猫、拾って帰ろう」
「……連れて帰るの?」
「何? 里帆は反対?」
「ううん、違うの……ただ」
視線を外し、存在を主張するように大きくなった腹部を撫でる。
恭佑は里帆の腹部に目を向ける。
「子どもと猫、急に家族を増やしすぎ、か?」
「ただ……、この猫、私が前に飼ってた猫に似てて、びっくりしちゃった」
「……ハルタ?」
「うん。覚えてる? 写真、見たよね?」
「あぁ、一緒に探したな……でも、見つからなかった。また、里帆に会いに来てくれたのかも?」
恭佑が真面目な顔をして言う。里帆は、まさか、と笑う。
「また、会いに来てくれたのかなぁ」
「かもね。……じゃあ、名前は……ハルカゼ、にしようか」
「ハルカゼ?」
「そう、ハルカゼ。今日の風景と……ハルタっていう名前からハルを貰って」
恭佑は穏やかに笑い、そっと慈しむようにハルカゼを抱きかかえた。
温厚で優しい春の風景。
この河川敷はふたりの休日の散歩コースで、頻繁に通る道だった。
後にも先にも三毛猫が捨てられていたのは、この一回。拾ったのは坂城恭佑。
ただの偶然、たまたまの出来事。
だけれど、未来に強く、
ーーーそう、とても強く、影響を与えた。
最初のコメントを投稿しよう!