one day ―five years ago―(五年前の或る日)

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「にゃあん、にゃ〜ん」  どこからともなく猫の鳴き声が聞こえ、きょろきょろと二人で辺りを見回す。  鳴き声の元を探ると、湿ったダンボール箱の中に黒、白、茶色の毛色を持つ三毛猫が居た。茶色は少しオレンジ色が強い。濡れ雑巾のような出で立ち。毛は勢いがなく、丸い顔に小さな目。鼻はピンクでふちは少しだけ黒い。仔猫だけれど、凛とした顔をしている。恭佑は手を伸ばし、そっと三毛猫を持ち上げた。 「あ、ハート模様」  里帆が三毛猫の首を指差す。茶色の毛がハートの形で生えている。  次の瞬間、春風がざぁっと音を立て、ふたりの頭上を(はし)る。それは枝をしならせ、花吹雪がはらりはらりと空中を覆う。 「桜の雨みたい。ははは、って、口開けたら花びらが入ってきた」  里帆は両手で髪を押さえ、恭佑を見た。彼は抱いた猫とにらめっこするように視線を通わせている。 「そんなに見たら、猫ちゃんが緊張するよ」  恭佑は、うん、と頷いて、猫を抱き直した。 「何が、うん、なの?」  恭佑は穏やかに笑い、静かに言った。 「この猫、拾って帰ろう」 「……連れて帰るの?」 「何? 里帆は反対?」 「ううん、違うの……ただ」  視線を外し、存在を主張するように大きくなった腹部を撫でる。  恭佑は里帆の腹部に目を向ける。 「子どもと猫、急に家族を増やしすぎ、か?」 「ただ……、この猫、私が前に飼ってた猫に似てて、びっくりしちゃった」 「……ハルタ?」 「うん。覚えてる? 写真、見たよね?」 「あぁ、一緒に探したな……でも、見つからなかった。また、里帆に会いに来てくれたのかも?」  恭佑が真面目な顔をして言う。里帆は、まさか、と笑う。 「また、会いに来てくれたのかなぁ」 「かもね。……じゃあ、名前は……ハルカゼ、にしようか」 「ハルカゼ?」 「そう、ハルカゼ。今日の風景と……ハルタっていう名前からハルを貰って」  恭佑は穏やかに笑い、そっと(いつく)しむようにハルカゼを抱きかかえた。  温厚で優しい春の風景。  この河川敷はふたりの休日の散歩コースで、頻繁に通る道だった。  後にも先にも三毛猫が捨てられていたのは、この一回。拾ったのは坂城恭佑(さかしろきょうすけ)。  ただの偶然、たまたまの出来事。  だけれど、未来に強く、 ーーーそう、とても強く、影響を与えた。
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