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りりんりん、と澄んだ鈴の音が響き、ベッドの横から、三毛猫がむくりと顔を出す。赤いナイロンの首輪をつけ、銀の鈴をぶら下げている。毛並みは毛玉もなく整っており、しなやかに体を動かし、里帆の足に体を擦り寄せた。
「にゃあ〜ん」
「――……た、だいま、ハルカゼ」
黄緑の水晶に浮かぶ黒い瞳が見上げる。
里帆が首のハート型を撫でると、もっと撫でろと甘えるように、にゃ〜あ、とまた鳴いた。
「ママぁ!!」
リビングから、陽莉の大声が聞こえ、とっさに涙を拭く。
「――……、なぁ〜に?」
「はやくぅ! きてきてー!」
リビングでどたどたと跳ねる音がする。
おとなしい陽莉は、あまりはしゃぐことはない。先月の五歳を迎えた誕生日も大声は発さずにニコニコと静かな笑顔を浮かべていた。手がかからないと言えばきこえがいいが、自己主張が少なく、母親の里帆ですら、わがままというわがままに煩わされたことがない。
その陽莉が珍しく声を上げている。
先ほどの葬式中も入れ替わり立ち代わり挨拶をする弔問客を目にしても、ぐずることも騒ぐこともなく、喪主をつとめた里帆の側でずっと行儀よく過ごしていた。父親の死をどう受け取っているのかは分からないが、棺に入った恭佑に対し、パパ寝んねしてるの? と声を上げ、周囲の大人達は複雑な表情をしていた。
『まだ、お若いのにねぇ。子供さんも小さいし、奥さんも若いじゃない』
『三十二歳ですって。生徒を助ける為に、身を呈して庇ったそうよ』
『学校の先生の鑑ねぇ』
葬式場では不特定多数の人が恭佑の死について口にしていた。恭佑の死を讃頌する声も聞こえた。でも、その言葉は少しも嬉しくはなかった。それどころか、恭佑が教師でなければよかったのにと、どうしようもない事が頭をよぎった。その思っても仕方のないことは里帆の意思に反し、次々と浮かぶ。
一昨日の校外授業が別の日であれば。
生徒が通る時間にビルの解体作業をしていなければ。
庇った生徒の上に鉄筋が落ちてこなければ。
引率していた教師が恭佑でなければーーー、こんな事は起きなかったのに。
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