其の壱

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「矢蔭(やかげ)さん、何か作戦はあるんスか?」 真夜中とは不釣り合いな明るい声が跳んだ。 時計台の針は23時30分を回っている。 学ランを纏った赤い髪の少年、鳳 誨蓮(おおとり かいれん)は、隣に立つ長身のブレザーの少年に問いかけた。 雲ひとつない満月の明るい夜ではあるが、闇の気配が一際(ひときわ)騒がしく、ピンと張りつめた空気は何も寒さからくるだけのものではない。 矢蔭と呼ばれたブレザーの少年、薙智 矢蔭(ちさと やかげ)は一瞬だけ、眼前のすり鉢型の広場、その中心にポツンと立つ街灯にその鋭い視線を遣る。 「…基本、アドリブで…」 としか言えず、より一層眉間のシワを深くした。 広く芝生が敷かれた公園の一角に設けられた階段に囲まれた半径100m程の丸い広場。 近くに遊具などはなく、遮蔽物がないので地形は全く利用できない。 頭が痛いことに作戦の立てようもなく、個々の判断と出たとこ勝負で何とかするしかない状態だ。 「一応、仕掛けは組んだが、どこまで抑えられるか…」 「あぁ、蔵久(くらく)っちとデートしたヤツ?」 誨蓮は揶揄(からか)うような口調は毎度のこと。 無駄に明る軽口を叩く気持ちは分からんでもないが、何が悲しくて男同士でデートになるんだと重苦しく溜め息を吐いた。 「でもさ、矢蔭さんは 今日期末試験終わったばっかでキツくないっスか?」 「別に大したことない。今回、俺は援護射撃ができないから、お前らの方が相当キツいぜ」 正直、睡眠が足りないがそうも言ってられない。 《気》さえ満ちれば、眠気は何とでもなる。 「かなり力を付けてることは間違いないし、仕方ないが《血》を使う…」 全く冗談を含まない声音で「死ぬなよ」と付け足し、矢蔭は左手を前に持ち上げ掌を翻す。 すると2mを優に越える黒塗りの和弓――鵺退治の剛弓(弓張月(ゆみはりづき))――が忽然とその手の中に現れた。 亡き祖父の形見であり、共に激戦を潜り抜けてきた相棒でもある。 矢蔭が弓を用意したのを見て、誨蓮も袖を捲り武器を喚び出す。彼の武器は手首と拳を守る手甲、《紅月焔(こうげつほむら)》 黒塗りの表面に浮かぶ紅(あか)の筋彫りが炎を思わせる。 「俺たちは中ボスなんかには負けないっスよ!」 掌に拳をぶつけ、誨蓮はにんまりと不適な笑みを浮かべた。
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