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土曜はオープン1時間前に店に入る。いつものように従業員駐輪場に向かう途中で意外なものを見た。お客さんの列。
まあ特売とかあるときは開店前からお客さんが列を作っていることはあるけれど、その長さが異様だった。いつもの3倍、いや5倍くらいの人が列を作っている。正面の入り口から壁に沿ってずらーっと並ぶ人たちを見ながら、従業員用入り口から入った。
更衣室に入るなり
「おう、見た?」
太一に言われて頷いた、主語がないけどわかる。
「なんか超特売あったっけ?」
「いや、普通」
更衣室に置かれたマスクをつけて売り場に出る。今日の担当は生活必需品コーナー。昨日のうちに空いた棚には製品が入れられている。昨日の担当は誰だったかわからないけれど、すべての商品がきちんと正面を向いて綺麗に並べられていた。昨日の帰り際に見たトイレットペーパーの棚にもいっぱいに商品が並んでいる。点検をしながら、今朝の荷出しは大変だったろうなと思いながらオープンポジションに付いて開店を待つ。店内にはもういつものオープン用BGMが流れていた。
10:00開店。特売商品もない今日のポジションに立っているとほとんどオープンと同時に地鳴りのような音、足の裏からも響きが伝わってくる。
と、それはたくさんの足音になっていく。人、人、人!俺の立つ生活必需品コーナー目がけて人が突進してくる。
「おはようございます、いらっしゃいませ」
マニュアルどおりの挨拶をするも、まったく無視してみんな小走りでどこかを目指している。まるで濁流のように人の流れが切れない。俺の前を通りすぎた人々が行く先は、トイレットペーパーコーナー。
オープン時、たっぷり並んでいた棚からトイレットペーパーがどんどん無くなっていく。一番大きな18ロール入りの袋をふたつ持っている人、12ロールを4つ持っている人、そんな人たちが今度はレジに向かう。
なんなんだ?
呆気に取られて見ているところに、鈴木さんがやってきた。
「ぼんやりしてるな、品出しするぞ!」
「あっ、はい」
小走りで倉庫に向かう鈴木さんの後を付いていく途中にも、両手にトイレットペーパーを持った人たち何人もにぶつかる。
誰もが一様にほっとした顔をしていた。俺と同じで最後のワンロールだった人がこんなにいるのか?それにしても何人家族なんだ?12ロール×2、24ロールって。
トイレットペーパーの棚からは、いつもはなかなか売れないちょっと値段が高いバラの香り付きの製品までが無くなっていっている。
倉庫でダンボールを開けて直接、台車に商品を積んだ。ダイゴロウと呼ばれているサイドに柵のついた台車いっぱいにトイレットペーパーを入れて鈴木さんが先に売り場に出て行った。
倉庫に残っている高額製品もとりあえず台車にすべて積んで売り場に出た途端だった。
「あるやん!」
そう言った女性が俺の押す台車からトイレットペーパーを取った。それからあっと言う間に台車のペーパーは無くなっていく。俺はもちろん売り場コーナーまで行けていない。途中で台車は空になったのだから。
空になった台車を倉庫に戻して、売り場に戻る途中、ダイゴロウを押しながら鈴木さんが戻ってきた。指から血が出ている。
「どうしたんですか?」
「どうしたんだろうな?」
それが始まりだった。
トイレットペーパーコーナーはすっかり空になっている。そこに手書きの紙が貼ってあった。
『誠に申し訳ありませんが、トイレットペーパーはすべて売り切れました』
オイルショック再びなのか?
何が起こっているんだ?
帰り際、事務所に太一と一緒に呼ばれた。中には店長と鈴木さんと各売り場主任が数人いる。
俺たちを見つけた店長から、明日早朝の荷出しの時間に来てほしいと言われた。事務所には数人の男子バイトがいる。
「明日の朝の納品でトイレットペーパーが届くから、品出しに来てくれないかな」
特に予定もなかったので了解してから駐輪場に向かった。
「なんかSNSでデマ流したやつがいるらしい」
歩きながら太一がポツンと言った。
「ツイッ◯ー?」
「みたい」
SNSでデマ情報が流されることはよくあることだ。でも拡散されてもある程度で収まるのは、あそこでは頻繁にデマが流れることをみんなが知っているからだ。
ただちょっと気になったのは、俺がたくさん見たのは実家の両親やジーちゃんやバアちゃんに近い年齢の人たちだった気がする。SNSの情報が届くのかな?
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