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 朝からこれほど重たい気持ちでバイトに行くのは初めてかもしれない。何度も何度も溜息をつきながら着いた店の入口にはもう人がいる。  昨夜、太一からきたラインでは、やっぱりトイレットペーパー用スペースをいっぱいにしておくことはできなかったらしい。製品が無いんじゃない、物流の問題。最初の日こそなんとかできたけれど、トイレットペーパーパニックが全国で起こりだしたことで、臨時便を出すのが難しくなっている。配送業者にとっても迷惑な話だと思う。  溜息をつきながら担当ポジションに立つ、今日も生活必需品コーナーから。あのパニックの瞬間はなるべく男子スタッフがそばにいる方がいいだろうという店長の意見かららしいけれど、男子だって怖いものは怖い。  【お一人様一個】になっているのに、入荷したトイレットペーパーはあっという間に無くなった。この中の何人かは買ったものをサイトに上げて何倍もの値段をつけて転売しているのかもしれない。あのデマ情報を流した犯人かもしれない。そんなことを考えていたとき、 「ちょっと!あの人なんで二個持ってるの?」  急に言ってきた人が指差す方を見ると、実家のじいちゃんと同じくらいの高齢の男性が、両手にトイレットペーパーを持ってレジに向かっている。慌てて追いかけて声をかけた。 「お客様、申し訳ありません。トイレットペーパーはお一人様一個でお願いします」  声をかけたとたん、某プロ野球チームの帽子を被ったじいさんが振り返った。 「なんでやねん!金払うねんからええやろが!」  唾が飛んできそうな勢いだ。 「申し訳ありません。在庫が少なくなっていますので」 「ほんだら人の買いモンの邪魔してんと、さっさと入荷せい!」  捨て台詞を残してレジの方に行く。 「なんとかしなさいよ!転売するんと違う!」  ヒステリックなキーキー声で言われた。 「連絡をしてきますので失礼します」  キーキー声の女性に頭を下げて、鈴木さんにが並んでいるレジ番号を伝えた。    休憩時間になっても胸の中のモヤモヤは消えない。の声もの声も耳に残って気持ちが悪い。  午後からのシフトで少し早く来た亮介が缶コーヒーを奢ってくれた。隣りに座って自分も飲みながら 「あのじいさんになんか言われてんて?野球帽の。あの人、ほぼ毎朝来てるらしいで。転売してるんかもな。俺らがボロクソに言われてる間に、ネットの中で儲けてるやつがいる思ったら腹立つな」  亮介の言葉にその通りだと思うけれど、さっきのジジイもネットで転売するのかな・・・それはちょっと難しそうな気がした。 「巻き込まれてんて?」  そう言ってにこにこと近づいてきたのは、パートの田上さんだった。 「昨日はあの人にレジの女の子が泣かされたんよ。困ったじいさんやね」  田上さんはそう言いながらペットボトルの蓋を開ける。 「転売してるんですかね」  亮介の言葉に、 「転売?まさか」 と田上さんは笑った。困ったと言ったわりに、田上さんから怒りが伝わってこないのが不思議だった。 「あの人、うちの町内の人やねん。ここからやったら自転車で20分くらいかな」  
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