4人が本棚に入れています
本棚に追加
「俺はもう魔王じゃないぞ、シチリ」
不服そうに口をへの字に曲げて私の頭を小突いたこの麗しい美青年である彼こそが、我があるじの魔王サマである。ああ、いや。今は魔王じゃないんだっけ。
「癖って恐ろしいものですね」
もう何年も「魔王サマ」と呼んできたのものだから、すっかり染み付いてしまった。ははは、と笑う私に
「俺たちはもう対等に戻ったのだから、サマ付けなんて言語道断だ。……俺たちは今や、ただのユウリンとシチリだろう?」
なんて、嬉しそうに笑ったユウリン。
「あぁ、そうだね。ユウリン」
実は、勇者一行に木っ端微塵にされて一番喜んでいたのがかつての魔王「ユウリン」であった。
──「やっと、終わったんだな」
あちこち傷だらけになっているのにも関わらず、彼は満面の笑みを浮かべていたのだからよほど魔王なんて職業は向いてなかったはずである。
元々穏やかで争いごとが苦手な気の弱い人間だったものね。寧ろここまでよく耐えたと思う。
「次に俺を魔王サマなんぞと呼んでみろ。その綺麗な黒髪を毟り取ってやるからな」
「あら、綺麗って思ってくれてるんだね。ありがと」
「あぁ、その髪だけは綺麗だと思っている」
「因みに、顔の方は……?」
「よくも悪くもない。平凡、と言ったところだろう」
貴様……! 今から私が滅してやろうか……!
ぐっと拳を握った私は、すぐにそれを解いた。
「ふ、ふは……っは」
ユウリンが泣き笑いしていたのだ。……泣くのか笑うかどっちだよ。器用な男だ。
「シチリとこんな、『幼馴染み』としての会話をっ、したの……何年振りっだろうな」
「そうだなぁ。大分、昔のように思うよ」
彼と私がただの村人AとBだったあの頃は、いつもこんなくだらない会話をしていたっけ。
ユウリンが魔王に選定されてからはこんな会話をしなくなった。
どうやって魔物を束ねるか、どのようにこの世界を悪に染めるのか。そんなことばかりを考えていたから。
その度に彼は泣きそうな顔をしていたこと、今でもよく覚えている。
「……これからはいつでもこんなくだらない話ができるよ」
「ああ」
泣き止んだユウリンに、私は笑顔を向けて
「さぁて、ダイコン収穫するよ! 今日はダイコンの煮物を作るんだ!」
「……ちゃんと食えるようにしろよ?」
「もちろん!これでも料理はそこそこ得意なんだからね! 知ってるでしょ!?」
「そうだな。……期待しとく」
最初のコメントを投稿しよう!