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翌日。お昼をすませたあと、山下町の停留所から市営バスで三渓園にむかう。初めての本牧方面。車窓に流れる街並みを興味津々で眺める。
和颯さんは、いつになく口数が少ない。横顔からは緊張が伝わってくる。頭のあがらない相手との対面だ、さぞかし気が気じゃないのだろう。そっとしておくべきか、声をかけるべきか。悩んでいるあいだにも三渓園入口で降車。そこからてくてく歩き、正門まで案内してもらう。
「すまんな、ひよちゃん。なるべく早めに終わらせる」
「気にしないでください。三渓園ずっと来てみたかったんで、ちょうどよかったです」
入園料をだそうとしてくるのを断り、無理やり送りだす。ご隠居さんのお宅にむかう足どりが重いのだろうが、お父さん関連の大事な用事だ、頑張ってほしい。
さて、と。憂鬱な和颯さんには申し訳ないが、私は庭園散策を満喫させていただくぞ。まだ足を踏みいれる前なのに、おもむきハンパない。いやおうなし期待が高まる。
和颯さんと真反対の足どりで正門をぬける。そこは、まるっきり純和風の別世界だった。
視線を移動させながら、道なりに進む。左前方、大池のむこう、色づきはじめた木々の上に三重塔の先が見える。水面をさざめかせる風が、晩秋をのせて襟元をかすめていく。冬生れのおかげか寒さに強いので、このくらいなら余裕で季節を楽しめる。
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