山下町ライフはじめました

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 それと仕事自体、精神的に限界を感じたのも一因だった。電話ごしで顔が見えないせいか、考えられないほど横暴なことを要求するお客さんも少なくなかった。  全員が悪人じゃないことくらい理解している。まじめに、親切に、ひたむきに。それこそ正直で誠実に、感謝と思いやりを持って生きている人がいることだって。  とはいえ、さすがに辟易したのも事実。それで先月、未練なく退職。預金残高が心もとなくて、いっそのこと実家に戻ってのんびり次の仕事を探そうかと親に相談したら「せっかく大学までいかせたのに」「みんな苦労してるんだ甘えるな」だのと辛辣なお叱りをうけ、果ては冗談か本気か「子育て(投資回収)失敗した」とまで言われてしまった。帰ったところで、どのみち針のむしろだろう。  ほかにあてといったら、おばあちゃん()くらい。九州の山奥。バスは二時間に一本。こじゃれたショップとかはないけれど、自然はたらふくある。人は少なく、動物は多い。空気も澄んでいる。  やっぱりそうしよう。多少不便でも心の健康のほうが大事だ。おばあちゃんなら私をむげにしない。二人で仲良くお野菜を育ててシマ(きち)(飼い猫・オス・五歳)と遊ぼう。そして近くの川のせせらぎを聞きながらお昼寝をして、お夕飯にはぜんまいを煮つけてもらうんだ。レシピを教わったら、私も作ってみよう――。
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