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分娩室に入ってもう6時間になろうとしていた。
「はい、いきんでー」
もう何度もいきんでいたので、顔は真っ赤になって、汗だくになっていた。
なかなか産まれないのは、日頃の運動不足が原因なのだろう。アニヲタの私は常日頃テレビの前から動かない。今回ばかりは日頃の生活習慣を後悔した。
「大丈夫か」
仕事が終わって駆けつけてきた夫が、手を握りながら覗き込んで心配そうに声をかけてきた。
私と違ってアニメはあまり好きじゃないけど、私の趣味を認めてくれて、時々付き合ってくれる良い夫だ。
しかし今はそれどころではない、夫がいても何の役にも立たない、これは私一人でやるしかないからだ。
「はい、息を整えて、ひっひっふー、ひっひっふー、はい、いきんでー」
もう何度もやっているのに、一向に出てこない。もう心に余裕なんか無い、おそらく顔は鬼のような形相になっているだろう。
目に前にいるすべての人間が憎くなってきた、何であたしだけがこんな目にあっているんだ、あたしをこんなにした夫は、横にいても何の役にも立たないじゃないか。
助産士もいい加減になんとかしろやーー
「はい、息を整えて、ひっひっふー、ひっひっふー、はい、いきんでー」
それはもういい!! 早くなんとかしろっ!!
でくの坊の夫が何事か言い始めた。
「ひっひっふー、ひっひっふー、ワンツースリー、ダイタンスリー、ワンツースリー、ダイタンスリー」
これは、あのアニメのイントロ、そうだ、早く産まなきゃアニメが観れないんだ、よぉし、このリズムでいくぞ!!
「ひっひっふー、ひっひっふー、ワンツースリー、ダイタンスリー、ワンツースリー、ダイタンスリー」
「はい、頑張ってー、頭が見えてきたわよー」
助産士さんの言葉に、夫が私に合図するように叫んだ!!
「日輪のちからを借りて、今、必殺の、」
そして私は叫んだ。
「産・アタァァァァァァァック!! 」
叫び声とともに、ほどなく私は一卵性の双子を出産した。
※ ※ ※ ※ ※
分娩室中に響く声で夫が叫んだので、助産士さんに夫は怒られていた。神聖な分娩室で必殺とは何事かと。
しかしそのおかげで無事出産できたのだから、私は感謝の気持ちでいっぱいだった。
※ ※ ※ ※ ※
産まれた双子は姉を波瀾、弟を万丈と名付けた。彼らは今日も無敵に超人的に大胆に生きている。
アニメを観る暇は無い……
ーー 了 ーー
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