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 男は横領してでも金を返せと言っている。  地方銀行の営業マンが、客の金に手を付けて無事に済むわけがない。辛くも1回や2回バレなかったとして、ずっとバレないはずがない。横領した金で完済したとして、バレれば捕まるのは俺だ。 「どうしたの?顔色悪いわよ」  美希が俺の顔を覗き込んでくる。 「心配かけてごめん。ちょっと疲れただけ…」 「ほんと?さっきの人に何か言われたんじゃないの?」  ぎくりと顔が強張るのを感じた。 「全然違うって。俺の顧客、話が長くて我がままな人多いからさ、今日も次の約束があるって言ってるのに、なかなか解放してもらえなくてさぁ。どうやったら年寄りの長話を切り上げられるかなーて考えてて…」  そう言って誤魔化すと、美希は「分かるー!」と大きな声を上げた。 「色々話したいことがあるのは分かるんだけど、こっちは他にもやることあるのにねぇ。他にお客さんがいなくても暇ってわけじゃないのに、なかなか解放してくれなくて」  美希は窓口業務をしているから、客に対する不満は共通するところが多い。 「智也さんは優しいから、断り切れないんでしょうね」 「いやいや、君ほどじゃないよ。当行のミス癒し」 「それやめてよ、恥ずかしい」  そう言って頬を染めながらも、満更でもないのは知っている。 「そうだね。もうすぐミセスになるしね…」 「ふふ…」  彼女の誕生日にプロポーズした。  いつもより豪華なレストランにプレゼント。そこそこ大きな会社の社長令嬢である彼女へのプレゼントだ。俺の安月給なんか軽く吹き飛んでしまう。同じ会社に勤めているため懐具合はなんとなく分かるのだろう。彼女は無理しなくていいと言ってくれるが、俺としても見栄がある。「大丈夫。学生時代からこつこつ貯めてたから」とうそぶくと、世間知らずな彼女はあっさり信じ、涙を流して喜んでくれた。  この一番大事な時に、借金があることは絶対にバレてはいけない。かと言って、顧客の金に手を付けることも出来ない。給料で今月分の返済をして、その後はどうする?これから結婚に向かってますます金が必要になるというのに…。
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