本番五分前の決戦

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本番五分前の決戦

 あと一枚、あと一枚売れれば、私達はまだ夢を追い続けられる――。公演間近の受付で、私は待ち続けていた。  私はアマチュア劇団に所属している。劇団員は十五人足らず。少人数であることを生かしたチームワークの良さと、役者の息づかいや躍動感が身近に感じられる距離感が売りの、小さな劇団だ。仲間とあれこれ議論を重ねながら一つの作品を作り上げる時の熱気も、客が互いに感想を言い合いながら会場を後にする時の充足感も、千秋楽を終えてがらんとした客席を眺める時のわずかな寂しさも、私にとってはかけがえのない時間だった。  今回の公演を立ち上げるにあたり、会計から報告があった。次の公演で収入が黒字にならなければ、これ以上、劇団を維持することはできないと。一瞬、雷に打たれたような衝撃が走ったが、すぐさま気を取り直した。目標は、全チケットの三分の二を売り上げること。ある者は近所の店という店を周ってポスターやチラシを置いてもらったり、またある者は稽古の様子や公演の裏話をSNSにアップしたりと、劇団員総出で宣伝に勤しんだ。自分達だけではない、足を運んできてくれるお客様にも、特別なひと時を。劇団の存続はさることながら、自分達にしか伝えられない、演劇の魅力を伝えようと、みな必死だった。  そして本日、公演は千秋楽を迎えようとしている。期間は三日間、昼と夜、一日に二回ずつの上演というスケジュールだが、昨日は生憎の悪天候でキャンセルが相次いだ。交通機関の乱れもあったようで、さすがに天候には勝てないと劇団員一同、涙を呑んだ。だが、今日は打って変わって快晴だ。昼の回の客入りは良かった。SNSで好意的な感想も見かける。目標の三分の二まで、あと少し――  開演五分前。三分前、つまりあと二分で受付は終了する。会計が、当日券があと一枚売れれば目標に到達すると告げた。沈黙。腕時計に目をやる。かちり、と長針が動いた。あと一分。緊張で身体がこわばる。深呼吸。目を閉じる。すると、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。目を開く。足早にやってきた若い女性が、息を弾ませて尋ねてきた。 「すみません、当日券、まだありますか」
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