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生首とドライブ
南向きの窓は明るく、室内は陽光と公園で遊ぶ子供達の笑い声で満ちていた。白い壁紙と磨き上げられたフローリング、積み重ねられた段ボールに裸足の足跡、滝本進はリビングで横になり天井を見つめていた。
滝本は数か月前に不動産業を退職し、飲食業界に転職した。家は社宅になり、給料も減ったがパワハラクソ野郎の居ない職場環境は天国だった。昼飯を食べられるという当たり前の事が、こんなに有り難いものだったのかと滝本は改めて気づかされた。
「ねえ、そんな所に寝っ転がってないで早く片付けてよ」荷解きをしながら智子は言った。「そんなんじゃ、いつまで経っても片付かないよ」
「ごめん、ちょっと感傷に浸ってた」滝本は言い、床から起き上がった。「そんなにすぐに片付けなくてもいいでしょ。それよりお昼食べにいかない?お腹空いてるでしょ?」
「本当にぐうたらね」智子は呆れたように言った。「じゃあ、少しだけ休憩取る?戻ってきたら片付けだからね」
「何食う?イタリアン?中華でもいいけど」
「お蕎麦は?引っ越し蕎麦、まだ食べてなかったでしょ?」智子は言い、春色のコートを羽織った。「確か、駅前に美味しそうなお蕎麦屋さんがあったよ」
「じゃあ、そこにしようか」
「というか引っ越しのご挨拶もまだだったね。とりあえず隣の方だけでも挨拶に行っとかないと」
智子はそう言い、ご挨拶の粗品を準備した。結婚はまだしていないが一つ上の姉さん女房、友人の紹介で知り合った彼女との仲は五年目に投入していた。近々家族ぐるみの食事会を予定していた。滝本はそこで初めて彼女の両親と会う事になっていた。
「ほら、早く上着着て、靴履いて」そう言った智子はもうすでに玄関で滝本を待っていた。「帰ってきたら家具を動かして、床掃除して、ゴミも纏めないと」
智子はそう言い、犬にするかのように手招きした。
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