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「龍臣くんね、あの子は本当に良い子だったの」と、女性は言い、昔を懐かしむような目をした。「どうしてこんな事になっちゃったのかしら。私は、あの子たちの事を小さい頃から知ってるの。だから、お付き合いをしてるって聞いて、本当に嬉しかった。なのに、あんな酷い……」
「斎藤龍臣さんて、どんな方でした?」
「そうね、真面目な子だったわね。あの子、農協に勤めてたんだけど、困った人達を放っておけない心の優しい子だった。あの子が居なくなって、本当に残念だわ」
タツオミは女性の話を真剣な眼差しで聞き入っていた。口をぽかーんと開け、瞬きもせず、まるでアホの子のように。
「どうして、彼等は別れる事になったんでしょう?」
「それは、雅美ちゃんが原因だわね」と、女性は言った。「雅美ちゃんね、束縛が酷かったの。龍臣くん、何処に行くのも何をするのも許可がいるようになって、友達とか家族に会うのでさえ制限されるようになったの。それが嫌になったのよ、きっと。だから別れを決めたのよ」
「それで、事件が起きてしまった」と、滝本は言った。原因は湯川雅美にあり、滝本はひとまずほっとした。「斎藤さんの実家って、この辺にあったりします?」
「斎藤さんの一家も何年か前に越していったわ。やっぱり、ここに居続けると色々思い出しちゃうから」
「辛いですよね」と、滝本は言った。「斎藤龍臣さんの写真とかってありますか?どんな方だったのか、俺も知りたいんです」
「ちょっと待って、確かずっと前に忘年会で撮った写真が」女性はそう言って、奥の部屋に引っ込んでいった。「探してくるから」
女性の姿が見え無くなった後、「良かったじゃん。タツオミさん、全然悪くないじゃん」
「湯川雅美」タツオミはその名前を繰り返した。「その人に会おうと思えば会えるのかな」
「面会を申し込めば、でもどうかな」
「そうなんだ」そう言ったタツオミの声は暗く淀んでいた。
数分して戻って来た女性の手には、何枚かの写真が握られていた。どこかの会場で、豪華な食事を前にカメラに収まる何人もの人達。この何処かに、斎藤龍臣が写っている。
「これ、この子よ」女性はそう言い、列の端にいる白いワイシャツの男性に指を差した。「この子が、龍臣くん」
写真に写っていたのは、タツオミとはまるで違う人物だった。
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