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翌日、滝本は朝から車を運転していた。タツオミは相変わらずウインドウの外を眺めながらあれこれ質問を繰り返した。初めてお出かけした子供のように。目にしたもの気になった物を、片っ端から滝本に聞いてきた。
街に辿り着く頃には、時刻は午後を回っていた。次の事件は五年前に起きた男女の心中殺人事件。共に教師であった吉田美幸と諸隈達臣はダブル不倫の挙句に遁走し、最後に心中を図った。女は男を絞殺するが、けれど自分は死にきれなかった。
吉田美幸は諸隈をバラバラにし、その遺体の一部を持って逃走したが、のちに警察に確保された。吉田美幸は裁判で心神耗弱と認められ、無罪判定を受けた。彼女は今現在も、市内の精神病院に入院しているという。
滝本は吉田美幸の周辺や実家を当たってみたが、事件の記憶がまだ強く残っているせいか、証言してくれるような人が見つからなかった。滝本の聞き取りを拒否し、あるいは攻撃的にさえなった。事件は誰にとっても思い出したくない、暗い出来事として記憶されていた。
滝本は土地勘も、馴染みも無い土地のブランコに座って途方に暮れていた。関係者の口が堅すぎた。関東の事件では、ほいほいと情報を教えてくれたのに。
「どうしよっか?」滝本は言いながら、缶コーヒーを開けた。「誰に聞けばいいんだろう。マスコミとか、事件記者?」
「ジケンキシャってなに?」
「警察は多分、何も教えてくれないだろうし、ググっても全然情報ないし」滝本はそう言いながらブランコを漕いだ。小学生ぶりぐらいに。「どうしたらいいもんか」
「それ、楽しい?」と、地面に直立したタツオミは言った。
「ブランコ?あんたも乗った事があるよ、きっと。こう乗って、前後に揺らして遊ぶんだよ」
「へえ」タツオミは目を輝かせる。「乗ってみていい?」
「好きにしたら」
タツオミはごろごろ転がってブランコに近づくと、ぴょんと板に飛び乗った。それから子犬のような目で、「次はどうしたらいいの?」
「次はこうすんの」
滝本は言い、ブランコを軽く揺らしてやった。傍目から見て、平日の昼間に大の男が無人のブランコを揺らし続けている姿はホラーでしかないが、もうどうでも良かった。
「うわー、これ楽しいね!」前後に揺れるブランコの動きが愉快なのか、タツオミは鼻を膨らませた。「もっと、もっと高く!」
「あと一分ね」と、滝本は言った。「そうじゃないと、警察に通報されちゃうから」
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