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収穫もないまま、滝本は公園を後にした。飯でも食おうと駅前の商店街に向かう道すがら、下校途中の学生集団とすれ違った。近くに中学校でもあるのかもしれない。
その時、滝本はある事に気付いた。滝本は道を取って返し、すれ違った中学生たちを追いかけた。確か、殺された諸隈は小学校の教師だったはず。
「ごめん、ちょっと話を聞きたいんだけど」滝本は少年たちを呼び止め、通路の端に誘導した。「俺、大学で犯罪心理を勉強しているんだけど」そう言いながら、何か適当な理由をひねり出す。「そう言う訳であの事件を調べてるんだ。これに、俺の卒業が掛かってるんだよ。だから、何か知ってる事があったら話して欲しいんだけど」
「森見小学校の話でしょ?」一人の少年がそう言い、隣に居た少年に人差し指を向けた。「確か、お前そこの卒業生だったよな?」
「うん、諸隈先生でしょ?担任ではなかったけど、遊んでもらった事があるよ」と、その少年は言った。
滝本はその言葉を聞いて、心の中でガッツポーズをした。
「諸隈先生と吉田先生って傍から見てどんな仲だった?ダブル不倫をしてたんだよね?」
「そう、実は結構ね、生徒たちの間で噂になってたんだよ」と、少年は噂話をするように小声になった。「休み時間とか、劇の準備の時とか、遠足の時とかにいちゃいちゃしてたよ。それこそ運動会の時の事なんだけど、俺忘れ物があって教室に戻ったんだ。そこに諸隈先生と吉田先生が居て、抱き合ってたのを見ちゃったの。だから、子供達は皆知ってたと思う。知らないのは大人だけ」
「他の教師は気付かなかった?」
「うん、ていうか吉田先生の旦那も同じ学校に勤めてたからね。つまり、社内不倫だよ。旦那にとっては寝耳に水だったんじゃないかな」
「そうなんだ」噂好きのおばちゃんみたいな少年で、滝本はちょっと苦笑する。「何でばれたのかな?」
「そりゃ、誰かがチクったんでしょう。噂を知ってる生徒の誰かが。まあ、遅かれ早かれそういう事になってたよ」
「不倫がばれて、それからは?」
「吉田先生も諸隈先生も学校に来なくなった。謹慎じゃないのって子供達は話をしてた。で、その二週間後かな。吉田先生と諸隈先生が死んだって話を校長先生が朝会で話したんだ。不慮の事故だって言ってた。俺達もそれを信じてたんだけど」
「だけど?」
「お母さんの話を聞いちゃったんだよね。諸積先生と吉田先生は不倫が発覚した後、どこかの田舎町に逃げて、そこで心中したんだって。でも、吉田先生は生き残っちゃって、諸積先生の遺体をバラバラにしちゃったんだって」
「それを聞いてショックだったよね」と、滝本は言った。
「ショックだったよ。良い先生達だったから。吉田先生は優しくて、一度も怒られた事がなかった。諸積先生も厳しい所もあったけど、生徒の悩みとか困った事を聞いてくれる子供想いな先生だった。だから、悲しかった。話を聞いた時はね」
「そうか、思い出させちゃってごめんね」
場は何とも言えない空気に包まれた。不倫の末の悲劇。それはけして許された行為ではなかったが、二人の間には愛があった。諸隈龍臣は恨まれて殺された訳ではなく、愛の為に殺されたのだとも言えた。
「諸隈先生が写ってる写真ってあるよね?」
「卒業アルバム?多分、家にあると思うけど」と、少年は言った。
「それ、見せてくれる?諸隈先生がどんな人だったか、興味があるんだ」
「えー、俺これから遊びに行くんだけど」
「タダとは言わないよ。話も聞かせてもらったし」滝本はそう言い、財布を開いて紙幣を取り出した。「これで、友達とお菓子でも――」
「ラッキー!」少年はそう言って、財布の中から五千円札を引き抜いた。「情報料だからこれぐらい貰っとく。俺達、食欲旺盛なサッカー少年なんで」
滝本はぐっと堪えて息を吐いた。こんな子供に足元を見られるとは思ってもいなかった。
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