生首とドライブ

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 東北の地方都市、そこが最後の場所だった。事件が起きたのが三十年前、加害者は豊田夏美、被害者はその恋人であった坂下辰臣だった。  新聞の記事によると、犯人の豊田夏美は長年、恋人の坂下辰臣から酷い暴力を受けており、それに耐えきれずに犯行に至ったと書かれていた。刑期は六年、収監されていた刑務所からは既に出所していた筈だが、今は行方知れずになっていた。  滝本はこの辺りの地主に話を聞きに行ったが、三十年も前の事件という事もあり、覚えている事は少なかった。豊田と坂下の両親は既に鬼籍に入っており、親族の行方も分からないという。 「ごめんねえ、私もボケたのか、昔の事はよう覚えてないんだわ」と、人の良さそうな老婆は言った。「浅井さんとこに聞いてみたらどう?私より、昔の事を覚えていると思うよ」 「ありがとうございます」と、滝本は頭を下げた。横を見ると、滝本の真似をするようにタツオミも無い首を精一杯に下げていた。  滝本は老婆に紹介された浅井氏の家へと向かった。そこは大きな日本家屋で、縁側があり庭には燈篭があった。庭に植えられた柑橘の木が、実をたわわに実らせていた。 「今更、あの事件の話ねえ」対応してくれたのは浅井家の婿養子だった。年の頃は五十代、十分事件の事を覚えていそうな年齢だった。「今更掘り返して何になるんだよ。そもそも、君が生まれる前に起きた事件だろう?」 「だから風化をさせてはいけないと思ったんです。この事件を。世間では豊田夏美が一方的に悪かったなんて報道をされる事もある。だからこそ、真実を訴える必要があると思うんです」  滝本がそう熱弁を振るうと、浅井氏は熱意に根負けしたように渋々、彼を家の中に招き入れてくれた。奇麗事を並べ立てる自分に、流石に心が痛んだ。  浅井氏は滝本を縁側に案内し、お茶まで用意してくれた。タツオミは広い庭、芝生が嬉しいのかサッカーボールのように庭を飛び回っていた。 「夏美とは幼馴染だったんだ」と、浅井氏は言った。「彼女は純粋な子だった。誰からも好かれて、誰からも愛されてた。この近辺で、彼女の事を悪く言う奴なんて一人も居なかった。結局、人が良かったんだろうな。だから、あんな男に騙されたんだ」 「坂下辰臣に?」と、滝本は言った。「彼等はどこで知り合ったんでしょう?」 「夏美の家は工場をやってたんだが、彼女が二十の時、不景気の煽りを受けて倒産した。借金も沢山あった。夏美は家の借金を返済する為に昼勤めの傍ら、スナック勤めを始めた。坂下と会ったのは、そんな時だった」 「坂下は店の客だったんですか?」 「坂下はケチなチンピラだった。恐喝、窃盗、詐欺まがいの事やっていた札付きの悪だった。そんな男にとって、社会を知らないおぼこ娘を騙すなんて訳の無い事だ」 「二人は付き合うように?」 「夏美にとって初めての恋だった。のぼせ上がったんだ。盲目になってた。二人はあっという間に一緒に暮らすようになった。家族も友人も、俺だって忠告した。あんな男とは別れた方が良い。付き合っていても夏美の為にはならない。別れるのがお前の為なんだって」
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