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滝本は電気を点け、布団に正座をして、床から生えた生首をじっくり見つめた。灯りを点けたら消えるかと思ったが、生首は消えるどころか実体感を増してきていた。しかもその二つの目は滝本の動きをしっかりと追いかけていた。見ている事を見られている。滝本は不思議と怖さは無かったが、何か面倒くさい事に巻き込まれたような予感がした。
「見えてるよね?」と、半透明の生首は言った。三十代ぐらいの若い男。ざんばらな長い髪、とんがった鼻、くりくりとした大きな目は森に住む小動物に似ている。「ねえ、俺の声が聞こえてるよね?」
返事を返そうか迷ったが、がっつり目線が合ってしまっている以上、無視は出来なさそうだった。
「いえ、見えてません」と、滝本は言った。「聞こえてはいません」
「ああ、そうなんだ。なんだ、がっかりー」生首はそう言い、気落ちした顔をした。「やっと話せる人が見つかったと思ったのに。俺、超嬉しかったのになー」
マジかこいつは、と滝本は思った。思ったが、仕方なく――
「いや、見えてますし、聞こえてますよ。何なんですか、あんた」
「本当?見えるの?良かったー!」生首はそう言い、子供のようにはしゃいだ。「生きてる人と話すのなんて初めてだよ。何か緊張しちゃうなあ」
幽霊のおとぼけな調子に、滝本は恐怖よりも脱力感を強く覚えた。これは夢なのか?と、思った。疲れて変な夢でも見ているのか?
「えーと、あんたはこの部屋の地縛霊?ここって事故物件かなんか?」
「うーんと、分かんない。忘れちゃった」
「忘れちゃった?」
「うん、自分の名前は分かるんだけど、何処に住んでたとか、何歳とか、昔の事が全然分かんないの。どうしてだろうね?」
「いや、どうしてって聞かれても」
「そういえば俺、何でここに居るんだろうね?」
「これは禅問答かなんかなの?」
「禅問答って何?」と、生首。
「いや、忘れて」滝本は息を吐く。悪夢だと思った。「取り合えず、俺もう寝ていいですか?明日も仕事早いんで」
「あっ、ちょっと待って待って」生首はそう言い、首だけでぴょんぴょんと跳ね上がった。「あのね、あのね、俺、タツオミっていうんだけど、君に頼みたいことがあるの」
滝本は布団に入り、毛布を掛け直した。「良い住職なら紹介できますよ」
「そうじゃなくて」と、生首は言った。「俺をね、殺した女を探して欲しいの」
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