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滝本は布団から跳ね起きた。
「あんた、殺されたの?」
「そう、何年か、何十年か前に。俺、その女に殺されてバラバラにされちゃったの」
「だから生首だけなの?」滝本は思わず話に聞き入ってしまった。「それは、何と言うか気の毒だったね」
「体がどこに行ったかは分かんない。今もバラバラのままかも。腕だけとか、足だけとか」
「どろろか」
「何それ?」
「いや、無視して」滝本は一つ咳をする。「女の事は何も覚えていないの?名前とか、何処に住んでたとか。あんたは、この部屋でその女に殺されたの?」
「分かんない。覚えてない」
「それじゃあ、調べようもないじゃん。どうしてそんなに覚えてないんだよ」
幽霊はもっと恐ろしい物だと思っていたが実際、目の前にいる生首はその言動もおつむも子供っぽいし、屈託もない。幽霊になると人間こうなるのかと思った。それとも、殺された時に強く頭をやってしまったのか。
「ちょっと待ってて」滝本は言い、携帯で事故物件サイトを検索してみた。社宅は確認できたが、過去にそれらしい事件が起きた様子はなかった。「ごめん、ヒットしないや」
「そうなの?」と、生首。
「俺は探偵でもないから、これ以上探すのは無理だよ」というかこれ以上、関わり合いになりたくなかった。「申し訳ないけど、他を当たって。俺、本当にもう寝なきゃ」
「分かった。起こしてごめんね」生首はそう言い、犬なら尾っぽを下げたような顔をした。「初めて生きてる人と話せて嬉しかったんだ。俺、ずっと一人だったから。凄く寂しくて、凄く悲しくて。相手をしてくれて、ありがとうね」
滝本は生首を無視して布団の中に潜り込んだ。同情させようたってそうはいかない。実際、警察でも何でもないんだし、どうする事もできない。第一、たまたま見えただけでタツオミとは生きている世界が違う。確かに、可哀そうではあるが……
頭の後ろで鼻歌が聞こえた。生首が歌を歌っていた。滝本は無視を決め込んだが、その調子はずれの鼻歌は延々に続いた。嫌がらせか、と思った。
「うるっさい!」滝本は溜まらず跳ね起きた。「明日、会社の人に話を聞いてみるから。だからもう寝ろよ」
「本当?ありがとう!」生首は言って、またぴょんぴょん跳ねた。悪気が無いというのが一番性質が悪かった。
「動くのは明日から。それでいいだろ?」
滝本は勢いで言ってから、かぶった布団の中で激しく後悔した。
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