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「おかえりー!」
玄関を開けると、三和土にタツオミが生えていた。目をキラキラ、満面の笑みで滝本を待ち受ける生首はまるで、飼い主を待つ子犬のようだった。
「ただいま」玄関を上がり、リビング、ソファーに腰かける。「いくつか分かった事があったよ」
「なになになになに?」
「まず、この部屋で過去に殺人事件は起きてない。ここ最近の話かもしれないけど」と、滝本は前置きした。「それでネットとか古新聞を調べてみたら、タツオミさんの事件に該当するような記事が何個か見つかった」
滝本は荷物から事件を書きつけたノートを取り出し、ページを開いた。
「女、タツオミ、バラバラ殺人。それで検索したら三件ヒットした。十年前に関東で起きた事件に、五年前に北陸で起きた事件。三十年前に東北で起きた事件。犯人の顔が出ている物もあるけど、見たって分からないだろ?」
「うん。分かんない」
「被害者の顔を見れば一発で分かるんだろうけど、さすがに事件が事件だから顔写真は見つからなかった。だから事件の詳細を調べるには直接、関係者に会うしかない」
「じゃあ、会いに行こうよ!」と、タツオミは言った。
「タツオミさんは地縛霊でしょ?ここから離れられないんじゃないの?」
「そんな事ないよ、生きてる人ってね、タクシーみたいなもんなんだよ。“気”に乗るっていうのか、くっ付くっていうのか。向かいのマンションのワンちゃんもね、いつも飼い主さんの背中に乗っかって動いてるもん」
「犬が?」
「そう、子犬の頃に死んじゃったみたいなんだけど、せんとばーなーどっていうの?今はね、すっごく大きくなって背中に乗っかってるの」
「いや、犬の話じゃなくて。幽霊って人に乗っかって移動できるの?」
「うん。俺も乗っかって外に出た事があるよ。移動しようと思えば多分、すっごく遠くへも行ける」
「じゃあ、タツオミさんはこの部屋とは関係なくて、人から人を移動してここに辿り着いたって事も有りえるんだ。そうなら東北とか北陸で起きた事件である可能性もあるって訳か」
「分かんないけど」
「あんた、本当に何も分かんないな」
「ごめん」
「いいけど」良くはないけど。「数日、休みを取るよ。風邪にでも罹ったとでも言っとくよ」
滝本はそう言い、疲れ切ったように床に大の字になった。智子に相談しようかと迷ったが、こんなナイーブな時期に頭がおかしくなったと思われるのは御免だった。
幽霊との道行。新生活のスタートは、最悪な形で幕を開けた。
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