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車は国道を走っていた。電車や新幹線移動を考えたが、のべつまくなしに生首に話しかけられてリアクションしない自信が滝本にはなかった。何もない空間に向かって、突如として怒鳴り散らすああいう類の人間に見られるのは勘弁だった。
「ねえ、あれって何?」
生首は助手席のウインドウにくっ付いていた。明るい陽の光で見る幽霊とは奇妙なものだった。ホログラムのように半透明、後頭部を透かしみれば澄んだ春の山々が見えた。
「あれは鉄塔、電気を運ぶものだよ」と、滝本は言った。
「ねえ、あのワッフルみたいのは?」
土砂崩れでもしたのか、山ののり面がコンクリートで固められていた。「雨とかで山の斜面が崩れないようにしてんの」
「じゃあ、あの鳥は?あの緑色の鳥!」
「ウグイスじゃない?」目白かもしれないが。「景色見てそんなに楽しい?」
「うん!楽しい!俺、ずっと部屋の中にいたから」と、声を弾ませてタツオミは言った。「たまに外に連れてってもらっても、こういう所に行った事がなかったの。だから、俺、凄く嬉しい」
「それは良かった」
滝本はそう言いながら、片腕を伸ばし、幽霊の後頭部に触れてみた。それは想像とは違って感触がなく、冷気みたいなものを感じるどころか空気に触れているように手ごたえがなかった。視覚上、タツオミは確かに存在するのにその実体がない。何ともおかしな感覚だった。
「今までどんな生活を送ってたの?」
滝本は言い、宙に浮かんだ生首の裏側を覗いてみた。そこにはリアルな首の切断面があり、骨もあって切れた血管があって零れた肉があった。滝本は、ダンゴムシの裏側を見たような気分になった。
「分かんない。よくは覚えてないけど、ずっとテレビを見てたかな。テレビって面白いよね、俺は歌番組が好き」
「食いもんとかは?」
「お腹は空かないなあ。食べてるの見ると、羨ましいって感じるけど。インスタントラーメンって美味しい?」
「食った事ないの?」
「うん、食ったかもしんないけど覚えてない」
「特別美味いってもんじゃないよ。腹が満たせればいいってだけの食いもんだし」
「そうなんだ。でも、食べてみたいなあ」
「トイレとかは?」
「おしっこは出ない」
「死ぬ瞬間ってどんな感じだった?」
「なんだろう。何か、冷たいっていう感じ?」
「そうなんだ。まあ、楽しくはないだろうけど」
「うん、めっちゃ痛くて、めっちゃ辛かった。どうしてっていうのを一番覚えてる。どうして、何でって」
「そう」滝本は言い、一拍間を空けた。「殺された原因って分かってんの?女に原因があったのか、それとも――」
「分かんない」
「だよね」と、滝本は言ってちょっと笑った。「犯人を見つけ出してどうすんの?恨みを晴らすの?それとも呪い殺す?」
「ううん、聞きたいの」と、タツオミは言った。「どうして俺を殺したのかって」
「そうか」と、滝本は言った。「見つかればいいな」
「うん」
タツオミはそう言い、また飽きずにウインドウの外を眺めた。愛憎か、金銭の縺れかで一人の男を殺してバラバラにした女の素性、犯行の動機にちょっと興味が湧いた。けれど、それ以上に生前のタツオミという人物の事を、もう少しだけ知りたくなった。
「生首とドライブなんて、イカれてる」と、滝本は言って笑った。
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