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開人は勉強ができた。母は開人が持って帰ってきたK大の合格判定Bを受け、大いに喜んだ。
「開人すっごい! あたしの子じゃないみたい。すごいすごい!」
母は財布を持って駆け出した。帰ってくるや否や、嬉しそうにビーフシチューを作ってくれた。開人の大好物だ。
開人は狭い1DKの居間で、小さな座卓に向かって手を合わせた。
いただきます。
母はTVを観ながらたくさん笑い、何度もジュースを注いでくれた。母の笑顔が嬉しくて、苦しかった。美味しいビーフシチューが少し苦く感じた。
うちに大学に行くお金なんて、ない。
小さな頃から母が夜中まで働いているのを見てきた。日曜も朝は泥のように眠り、日曜だけ手の込んだ料理を作ってくれて、また夜に仕事に出かけた。
いってらっしゃい。
日曜の夜にそう声をかけることは、いつまでも慣れなかった。
「母さん、ちょっと良い?」
夜中まで起きていた開人は、母に麦茶を注いで向かい合った。
「どうしたん? はよ寝な。3時よ?」
開人は優しく首を振った。
「母さん、俺、大学は行かんよ。やから、身体大切にしてほしい。たくさん考えたんよ。考えて考えて、そう決めた。俺は母さんを休ませたい。よく考えたら俺の夢はそれやった」
母は何も言わずに泣いた。嗚咽し、「何を馬鹿なことを!」と否定する声を押し殺した。
自分の息子は全てにおいて優秀な、世界中の誰よりも素晴らしい息子だ。その息子が考えて考えて出した答えを否定したところで、考え直すことはしないだろう。ひとつ間を置いて母は自分の気持ちを語った。
「母さんは開人が思ってくれてる以上に、開人の人生が幸せであることを願ってるんよ。身体は必ず、大丈夫。やから、大学に行きたいなら行って欲しい。そのお願いは聞いてくれんの?」
開人はさすがに黙った。だが、開人は首を振った。母の体調が思わしくないことを分かっていたから。
「人生はこういう風にできとる。大学に行かんでも幸せは掴める。神様は俺にそんな人生を用意してるん。俺は母さんと買い物に行って、外で飯を食う。ほんで、高卒でも幸せな生活を送れる会社に入れる。やから、そうすんねん」
開人は真っ直ぐに母を見つめ、大きく笑った。母は膝の上で拳を握り、どうかこの子を幸せに、と神様に願った。
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