17人が本棚に入れています
本棚に追加
───その着信表示を見て、磯村は汗を垂らしていた。
「磯村さん、電話、鳴ってますよ?」
隣の後輩が顎でデスクの上のスマホを指した。
「あ、ああ」
ゆっくりとボタンを押すと、優しい声が耳に届いた。
「磯村さん、もう3日過ぎてますけど、どうですか? 一応信じてお待ちしてましたが、もうさすがに……」
「すみません、もうちょっと。もうちょっとだけ待ってもらえませんか?」
「ごめんなさい、磯村さん。いつも納期が遅れては弊社のプロジェクトも遅れてしまう。これ、最後にします。もうちょっととは、いつになりますか?」
磯村は電話を受けながら、パソコンの画面を見ていた。未読の受信メールが画面いっぱいに表示されている。表題だけで、納期遅れの催促ばかりなのが分かる。
脈が早くなる。汗が額のそこらから垂れてくる。
「すみません、何とも……。もうちょっとでできますんで……」
事務方が別の電話を取ったようで、振り返って磯村を見る。ペコペコ頭を下げている磯村を確認して、あからさまにため息をついていた。
「……そうですか。では、申し訳ないのですが、ここまでにしましょう。昔のよしみで磯村さんとお仕事続けてきましたが、納期が分からない仕事をこれ以上は発注できないです」
「……そんな、柚木さん」
「私だって、嫌です。磯村さん、一度、磯村さんのお仕事を振り返って心を入れ替えましょうよ。私はそれを待ちます。その際に、またお付き合いできればと願っております」
電話は、優しく切れた。磯村が頭をかきむしると、次々と目の前に付箋やメモが並ぶ。
『至急TELください』
『メールお送りしてますとのこと』
『納期いつなのか電話お願いします』
目の前のメールがまた何通か増えている。怖くて、開けない。
「はぁ。磯村さん、やれることからやりましょうよ。俺、また助けますし」
隣の後輩が虫を見るような目で磯村を見ていた。
最初のコメントを投稿しよう!