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⒊古城の暇(いとま)
エレボスの町を半分ほど訪問し終え、一旦北山の古城に戻ってきていた。
ここへ帰ってくると、ファティマはたちまち手持ち無沙汰になってしまう。忙しなく城を歩き回っている女性達へ、何か手伝うことはないかと尋ねても「困ります」と眉を下げられてしまうのだ。
けれど、それも当然だなとファティマは肩を落とした。彼女たちの仕事を横取りしようとしているのと同義だからだ。
仕方なく部屋で寝台に腰掛け、ぼんやりと窓の外を眺めていたとき、ラーリャが部屋に訪ねてきた。手渡されたのは数冊の本である。
「あんたが暇してるって耳にしてな、気が回らんで申し訳ない」と彼は人懐っこい笑顔を見せる。
渡された本を見てみると、海に関する本や星に関する本が多くファティマは驚いた。どれもファティマが特に興味のある分野だったからだ。
「ありがとうございます。気を遣わせてしまって……」
「良いんだ。他にも何かあれば遠慮なく言ってくれ」
「この本は、どなたが選んで下さったのですか?」
「これ? これはレフだよ。俺は本なんて全く読まねえから」
「……そう、ですか」
ファティマはあたりに目を配ったが、レフの姿はない。そんなファティマにラーリャは察したのか「レフは今日は出掛けてる。悪いな、俺だけで」と笑った。
ファティマは申し訳なさと恥ずかしさで慌てて俯く。
「その代わりと言ってはなんだが、後で別に人が来る」
「え? どなたが?」
「まあまあ、来てのお楽しみだ。それまでその本でも読んでてくれ」
そう言って去っていくラーリャを見送る。
エレボスで自分に人が会いに来るなんてと不思議に思うも、ファティマは大人しく寝台へ座り直した。
そして川のせせらぎが聴こえるなか、待ち人が来るまでと、本の表紙をゆっくりとめくった。
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