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「相変わらず、ロボットみたいな弾き方だな」
そう声を掛けると、うっとうしい練習曲がようやく止まった。
「谷津坂か。今から練習?」
サラッとした黒髪の優男が、ゆっくりとこちらに顔を向けた。どこか眠そうな目だった。もう22時を過ぎる頃なので無理もない。あるいは、いつもこんな感じだったかも知れない。
谷津坂は佐伯が座るピアノ椅子のすぐ脇に立った。牢屋の鉄格子みたいなデザインの背もたれに、何となく手を添える。
「遠藤に聞いたぜ。告ったんだって?」
「え……?」
ぼんやりとしていた顔が、一瞬にして驚きの表情に変わった。そのリアクションに谷津坂の口元は自然と歪んだ。
同級生の遠藤が語った内容はこうだ。今日の夕飯前の休憩時間に、遠藤と佐伯がたまたま2人きりになる機会があったらしい。そこで突然、佐伯に「付き合ってくれ」と迫られた。基本的に陽気な遠藤もさすがに引いたという――相手が自分と同じ男だったのだから当然だ。
かわいそうなことに、飲み会での遠藤は何かに怯えているみたいだった。この件を友人達に暴露してからは、中性的な顔にいつもの笑みが戻ってはいたが、暗い目を完全に隠すことはできなかった。余程ショックだったのだろう。
「まさか、『プリンス』のお前がホモなんてな」
谷津坂は半ば嘲る様に言った。佐伯は答えない。この話題を歓迎していないのは、伏し目がちな様子からして明らかだった。嵐が通り過ぎるのを待とうという魂胆なのだろうが、そうはさせない。
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