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「なあ。男に興奮するってどんな感じ?」
「……谷津坂、酔ってるのか?」
不審そうに寄せられた眉。そんな顔ですら様になることに、今更ながらいら立った。「高尚な感情」の1割くらいは、やっぱり嫉妬だったのかも知れない。
谷津坂は自身の長い指で佐伯のあごを持ち上げた。相手が何か言う前に、イライラをぶつける様にして唇を奪う。暴れるかと思ったが案外大人しかった。それどころか、試しに舌を差し込むと、遠慮がちにではあるが積極的に応じてきた。そのことに若干戸惑いつつも行為を続ける。男が相手では甘い緊張感が生じることは当然なかったが、プリンスを汚すというのは中々に楽しかった。
30秒近く経っただろうか。谷津坂が佐伯を解放する頃には、「高尚な感情」はすっかり消え去っていた。悪くない気分だ。
「俺が相手でも興奮すんの?」
意地悪く笑みを浮かべ、呆然としている佐伯をのぞき込む。目論見成功と言ったところか。
が、次の瞬間、予想外のことが起こった。
「……するさ」
「ん?」
佐伯が何か言ったかと思うと、突然腕を強くつかまれた。体が反転し、ピアノが背中側にくる。太ももに鍵盤部分の板が当たった。急な展開に頭がついていけない。
ジャーンと、辺りに不吉な不協和音が響いた。いつの間にか正面に立った佐伯が、谷津坂の両脇に手をついたのだ。
「責任取ってよ、谷津坂」
バックバージン奪ってあげる、とプリンスはとんでもない台詞を吐いた。口は微笑んでいるが見上げてくる目は笑っていない。まずいと思ったが、至近距離の佐伯には妙な迫力があり、谷津坂は動くことができなかった。
しかし、なぜか佐伯の方も動く様子がなかった。
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