第一話「彼女は隣に住んでいる」

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第一話「彼女は隣に住んでいる」

     風そよぐ草原にたたずむ王は、白銀の鎧を身に纏っていた。  右手には、神話の時代より王国に伝わる『王者の剣』。そして左手には、鉄壁の防御を誇ると言われている『絶対の盾』。  だが、城を発った時に率いていた軍は、すでに壊滅状態だった。  兵士も騎士も、青銅の鎧を着た下級クラスは、もはや一人たりとも残っていない。金色の鎧に包まれた重騎士が三人と、スピード特化の親衛隊が一人のみ。  そして彼らを取り囲むのは、圧倒的な数の敵軍だった。  それでも。  敵の大群の中に、討ち取るべき敵王の姿を見出して。 「我に続け!」  と言わんばかりに駆け出した王と共に、残った部下たちも突撃する。  敵王をガードする有象無象を蹴散らし、その鼻先まで迫るが……。  敵の親衛隊に阻まれて、ついにゲームオーバーを迎えるのだった。 ―――――――――――― ―――――――――――― 「ああ、もう! なんでいつも、スミレに勝てないんだ?」  画面の中で王様ユニットが消滅した瞬間、俺は大声を上げていた。  そんな俺をあざ笑うかのように、対戦相手のスミレは、パンパンと自分の膝を叩く。 「本当に弱いわねえ、オサムちゃんは……。どうする? もう一回やる?」 「もちろん。……というより、その『オサムちゃん』はやめろ。前にも言っただろ、もう小さい子供じゃないんだから。せめて『オサム』って呼べ」 「あら、いいじゃないの。こうして、小さい頃のゲームで遊んでるわけだし」  確かに。  俺たち二人が今やっているのは、『ボコボコ大戦略』。昔々のテレビゲームだった。 ――――――――――――  買ってもらったのは小学生の頃、それも低学年だったと思う。当時の俺は、隣に住むスミレ――同い年の女の子――と遊ぶより、ゲームをしている方が楽しい、と感じ始める時期だった。 「えーっ、やだあ。オサムちゃん、私と遊んでよー」  そう言って付き纏うスミレは、驚くほどしつこくて。 「じゃあ、一緒にゲーム」  俺が譲歩して提案しても、スミレはわがままを言う。 「やっぱり、やだあ。難しくて、わかんないもん!」  どのゲームも放り出す彼女が、唯一「これならできそう!」と食いついたのが、この『ボコボコ大戦略』だったのだ。  互いに100人の軍勢を率いて戦う、戦争を模したアクションゲーム。……と表現すると、高度なシミュレーションゲームのようだが、実際は大違い。  操作は、上下左右の十字キーだけ。AボタンもBボタンも使わない。王様ユニットを動かすと、兵士ユニットも騎士ユニットも、上級兵ユニットも重騎士ユニットも親衛隊も、一緒に同期して動く。まるで民族大移動だ。  そして敵のユニットと接触すると、戦闘が発生。互いの相性やパラメーターに基づいて、ランダムで勝敗が決まり、敗北ユニットは消滅。勝者は経験値を獲得し、特に兵士ユニットと騎士ユニットは、一定以上の経験値獲得で、上級兵ユニットや重騎士ユニットにランクアップ。格段に強くなる。  このランクアップが勝利の鍵……と俺は思っているのだが、違うのかな?  とにかく、そうやって相手の王様ユニットを倒せばゲーム終了、というシステムだった。  最初のうちは、勝ったり負けたりを繰り返していたが……。  いつの頃からか、一方的にスミレが勝つようになっていた。  だから楽しいとみえて、俺の部屋に来ると、いつもスミレは『ボコボコ大戦略』をやりたがる。  思春期になって、俺がスミレを女として意識するようになり、小学生の頃とは逆に、俺の方こそ二人で遊びたいという気持ちに駆られても、 「いいよ、オサムちゃん。じゃあ、『ボコボコ大戦略』で!」  ということで、大人しく二人でテレビゲーム。  それでも。  高校も大学も別々になってしまったから、こうして部屋で遊ぶ時くらいしか、スミレとは一緒にいられないわけで……。    
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