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どのくらい眠っていたのか分からないが、夢を見た後のような一瞬に感じた。
何も感じない、無の世界から現実に引き戻されるような不思議な感覚。
死んだあの日が、つい昨日のようだった…もしかしたら死んだのではなかったのかもしれない。
赤子の泣く声が聞こえた、この病院の産婦人科は俺がいる病室と離れていなかっただろうか。
男性と女性の声が交互に聞こえて、内容は分からないが会話をしているようだった。
ゆっくりと視界に光が射し込み、そこに向かって思いっきり腕を伸ばした。
「おめでとうございます!元気な男の子です!」
声が弾んだ若い男の声が聞こえて、視界が眩しすぎて目を細めながら注目した。
そこには見た事もない医師が俺の顔を覗き込んでいた。
視界が可笑しい、なんでこんなに顔が近いのだろうか。
もしかして、抱かれてる?それなら視界が近いのも納得だ。
しかし、視点が低いのも気になる…病人だったが身長はそれなりにあった筈なのに…この医師が二メートルもあるなら分かるけど…
それに元気な男の子って、それじゃあまるで俺が産まれたばかりの赤子のようではないか。
自分の手のひらを見ると、紅葉のような小さな手が映った。
指先に力を込めると握り、力を抜くと手が広がった。
その動作を何度か繰り返して、この手は自分の手なんだと分かった。
明らかに赤子の手、やはりあの時転生して生まれ変わったのだろう。
しかし、変だ…生まれ変わったら生前の記憶はなくなるのではなかったのか?
稀に前世を覚えている人はいるが、こんな昨日の出来事のように鮮明に覚えているものなのだろうか。
「あれっ、これは…」
医師に腕を掴まれて、手の甲をジッと見つめられていた。
俺も見たいが、赤子がいくら頑張っても大人に勝つ事なんて不可能だ。
とりあえずなにか喋ろうと思ったが「あぅ、うー」しか声が出なかった。
上手く喋れなくて戸惑いの表情を見せていたら、当然それを知らない医師は俺を抱えたまま誰かに渡した。
その人は特別美人というわけではなく普通の容姿をしていたが、冷めた瞳が印象的な女性だった。
この人が俺の母親、なのだろうか…子供の誕生に喜びもせずにただ見つめていた。
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