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次の休みは、二人で海を見に行きたい────。妻が夕食中にぽつりと零したひとことを受け、亮一は愛車の運転席に腰掛けることとなった。
愛車、と言ってもそもそもは亮一の持ち物でなく、件の妻である遥美が亮一と結婚する前(彼女はよく『独身時代』と言い表している)に購入したものなのだが。夫婦として二人きりで暮らし始めて八年が経とうとしている今日この頃では、最早『遥美が嫁入りよりも前に購入した車』というよりも『我々夫妻が所持している車』という暗黙の了解に近しい認識がある。実際我が家の玄関先には、各々が持ち歩いている自宅のカード型キーを収納する為の二つの小さな籠に挟まれ、それぞれと等しい距離を置いた位置にこの車のキーが置かれているし。籍を入れて夫婦になるということ、且つ同じ家で暮らす家族になるということは、こういうことなのかも知れない。
本来運転するべき立場であろう遥美が助手席でカフェラテ缶をぱきりと開ける音も、亮一が運転席に座って必死でカーナビやスマートフォンの地図アプリと格闘している様も、気づけば当たり前に存在する日常のワンシーンとなっているのだった。
「平日の夕方だし、高速もそんなに混んでないよね。休憩入れて二時間も見れば余裕で着くか」
「そうねえ、サービスエリアの駐車場も空きあるでしょ。今四時半過ぎだし、目的地着く頃には丁度夕焼けも見られるんじゃない?」
「おっ、想像したらいい感じじゃん。じゃあ、日没を目安に着くように行きますか」
「くれぐれも安全に、ね。運転よろしくお願いしまーす」
遥美が助手席で体勢を整え直したのを視界の端で見届けてから、亮一はシフトレバーに手をかけた。久しぶりに見られるであろう海辺の夕焼けに心をときめかせながら。
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