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男の名前は山下拓也(やましたたくや)。スーパーで働いている。
彼はあまり有能な人間とはいえず、仕事ではミスを連発し店長から叱られてばかりいた。そんな彼は自分が悪いにも関わらず逆恨みをして店長に仕返しをする機会を窺っていたのだ。
そしてついに機会は訪れた。
山下は人々がごった返す会場に来ていた。
そこではある大会が開かれていた。それは大声コンテスト"オウコン 届けようあの人への君の想い"と題されたその大会では人々は会場にいつの間にか掘られた大きな穴に向かって大声で何かを言い、一番大きな声を出した人間が優勝するというものだった。
そこには小さい会場にもかかわらずTV局のカメラも入っていた。きっとスポンサーが金をたくさん持っているのだろう。会場の主催者であるスポンサーと思われる60代の男のまわりには主催者と同じスーツで身を固めた男たちが数人群がっていた。
山下は先程から会場で他の出演者たちの様子を見ていた。それを見て山下は鼻で笑った。皆大したことはない。凡百、平凡、常識の範囲内の大きさの声の持ち主だ。
山下がそう思うには大きな理由があった。彼は子供の頃から声が大きく、普通に話しているのに人から「うるさい」と言われ、鼻歌を歌いながら道を歩いていると知らない強面の人間から「鼓膜が破れそうだ」と絡まれるような体験もしていた。
そんな山下だから、きっと本気で大声を出せば誰よりも大きな声を出せるに違いなかった。
山下がチラリとテレビカメラを見る。
あのカメラは全国放送だろうか? それとも地方ローカル番組の撮影用のものだろうか? 出来れば全国放送の方がいい。その方が店長の武田に大きな恥をかかせることが出来る。
武田の奴は店長のくせにバイトの16歳の女子高生と付き合っている。相手の年齢を考えただけでも完全にアウトだろう。それに店長という立場の人間が従業員を性的対象として見ているということでも、もちろんだめだ。それだけではない。極めつけは武田の奴は結婚をして妻がいる。そして娘がいるのだ。交際相手の女子高生と同い年の16歳の娘が。
どんなに仕事が出来たとしても道徳的に劣る武田は社会人としても基本的人権を保護されている文明国家の国民としてもふさわしくない人間だ。刑務所の中で過ごすのがお似合いの人間だろう。
それなのにだ。仕事の時間に1時間遅刻をしただとか、客に対する口の聞き方がなっていないだとか、仕事中にお腹が空いて餓死しそうになったがために仕方なく試食コーナーにあったハンバーグをつまみ食いしただけの俺をまるでダメ人間と決めつけ「社会人の自覚があるのか」と説教をするのだ、武田という男は。
自分は性犯罪者のような人間なのにただ能力が人より劣っているだけの人間を見下し説教をすることが出来ると思っている武田を俺は許すことが出来ない。そうさ俺は頭が悪い。でも浮気をしたり、仕事中に他の従業員を見て発情したりはしないんだ。そんな人間は人間ではなくてケダモノみたいな人間だからな。武田は温厚そうな顔をしているが家ではアダルトビデオばかり見ているような変態なのだろう。きっとあいつの頭の中には性欲しかないんだ。
今日あいつの行いを衆人環視のもとすべてを暴露してやる。俺は何も悪いことはするつもりはない。ただ事実をありのままに述べるだけだ。それで武田が困ったことになったとしてもそれはあいつの行いが悪いがゆえに招いた自業自得の罰なのだ。
世の中にはやってはいけないことがある。それをあいつはやってしまったんだ。この世の中には悪人を罰しようという大いなる力が働いているんだ、きっと。俺はその力に動かされているだけなんだ。だから別にあいつに怒られた仕返しをしようとしているわけじゃないんだ。これは天罰のようなものなんだ。俺はその天罰の実行者、神の使いの役目を背負った人間なんだ。だから何者の邪魔が入ろうとも使命をまっとうしなくちゃならないんだ。
思い知るがいい。武田よ。お前はやりすぎた。
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