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「じゃあ俺に飯を奢ったのは?」 「それは本当に仕事でお世話になったと思ったからだよ。高木君があの時の店員さんだと確信したのはたった今。顔なんて覚えていなかったもの。そうだったらいいなとは思っていたけれど」  彼女の言葉は、俺の問いに対しての答えのようで、答えにはなっていなかった。まるで俺の傷つく事だけを避けて声に出しているようでもあった。それを言及すると、彼女は吹き出すように笑う。 「高木君はあの時、警察を呼んで待っている事も私を放っておく事もできたけど、そうしなかった。だけど大事なのはそういう事じゃないんだよ、多分。だからこのままでいてもいいし、変わったっていいんだよ、きっと」  その日俺は、初めて彼女を抱いた。正確には、彼女に抱かれたというべきなのかもしれない。事を終えた後、彼女の腕の中で何年ぶりかも分からない涙を流した。  空気の淀んだ六畳一間は、二人で過ごすには狭すぎると思った。丁度いい部屋を探すべきなのかもしれない。先々の事を思えば、仕事も変えた方がいいだろう。                      完
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