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「はい。これ」
突き付けられたのは、一番大きいサイズのレジ袋。
「駄目ですよ。カップ麺やおにぎりばかりじゃ。野菜やお肉も食べないと」
反射的にというべきか。差し出されたものは受け取るべきだという、経験則のようなものに体を動かされ、右手の指にそれを引っかけた。
頭に浮かぶ幾つもの疑問を上手く纏めて言葉にする事が出来ず、辛うじて「あ、金」と掠れた声を震わせると、木場は定型文のような笑顔を見せた。
「お礼です。今日は沢山お世話になったので」
神経が磨耗していくのを感じる。このままコイツを押し倒し、汚い言葉で罵倒しながら、悲痛に染まった顔を拝んでやりたいと思う。この世界と自分との繋がりを否定したいくせに、この女に自分が同じ次元に存在している事を知らしめてやりたいという身勝手な感情。篠田のオッサンのような無条件に見下せる人間が、この場所に居合わせてくれればいいのにと思った。
気がつくと目の前から女はいなくなっていた。自転車の跨がり、俺のために灯されているわけではない光に照らされた夜道を、いつもより速い速度で進み始めた。
直ぐに息が荒くなった。煙草で汚れた肺が痛み始めるが、却ってそれが心地好い。正面に赤信号が見えて来てスピードを緩めると、黒のセダンの後部座に座った子供と視線がぶつかる。慌ててペダルを漕ぎだして、信号を赤のままで渡った。何もかもを暴こうとするその瞳が恐ろしかった。
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