後編「まこと」

7/7
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
    「おいおい、そんな恐ろしい冗談……。嘘だと言ってくれよ、マコト」  彼女の発言を否定したくて、そう言ってしまう。  しかしマコトは、もう口を閉ざしていた。  ただ、無言で笑みを浮かべるだけ。  今まで見たことない、ゾッとするほど冷たい笑顔だ。  それを見れば、誠一も言葉を飲み込むしかなかった。  今マコトが口にしたことは、彼女の名前の通りに真実(まこと)。そう確信させられたのだ。  もはやマコトの顔を見ていられず、目を閉じてしまう。すると……。  誠一に一目惚れした、と言っていたマコト。  誠一のおかげで霊としての力がアップした、と言っていたマコト。  当時の彼女の姿が、まるで走馬灯のように脳内を駆け巡る。  頭の中の彼女は、だんだん外見があやふやに崩れていくが、それを引き止めるかのように、誠一は必死に考える。  幽霊のマコトの『一目惚れ』とは、どういう意味だったのか。今にして思えば、恋愛感情ではなく「取り憑くのに適した、精気を吸いやすい人間」という意味だったのではないか。  地縛霊なのに外出できるほど力が増したのも「取り憑いた誠一から精気を吸って、自分の力に変えていたから」と考えれば、辻褄が合うのではないか。  それだけではない。  初めてマコトが誠一の部屋に来た時、つまり、まだ彼の前に姿を現さなかった夜。  翌朝の目覚めが遅れたのも「寝ている間に精気を吸われたから、いくら眠っても疲れが抜けなかった」と考えれば、合理的ではないか。  また、初めて同じベッドで一緒に横になった時、つまり、姿を見せたマコトと誠一が初めて過ごした夜。  音楽について熱く語る誠一に対して、マコトは「生命力に満ちた輝きに照らされると、幽霊の自分まで生命力を分け与えられた気分になる」と述べていた。『気分』という言葉のせいで比喩的に聞こえていたが、あれこそ「生命力を吸い取る」という意味だったのではないか。  考えていくうちに、誠一は胸が苦しくなってきた。  心情的な意味ではなく、心臓近辺が痛くなり、呼吸も辛くなってきたのだ。  しかし苦しいと同時に、どこか「気持ちいい」という感覚もあった。  どうしようもなく疲れた時に、自然と眠りに落ちる……。あの瞬間の、あの気持ち良さだ。  そして、この『気持ち良さ』こそが、彼の最後の知覚となった。  誠一は再び目を開けることなく、眠るように意識を失って、そのまま息を引き取ったのだから。 (「嘘から出たマコト ――四月馬鹿の嫁――」完)    
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!