中編「おかえりなさいと言われる生活」

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    「ただいま」 「おかえりなさい。今日は早かったのですね」  新生活が始まって一週間くらいで、誠一も「おかえりなさい」の日々に慣れてきていた。 「うん、今日はサークル活動もないから」 「夕飯の準備、まだなのですが……」 「ああ、慌てなくていいよ。それより……」  今や毎日の食事は、マコトが作るようになっている。最初の日に言われた通り、誠一が料理本を買い与えたら、彼女のレパートリーは一気に広がっていた。  誠一が適当に食材を買って冷蔵庫に放り込んでおけば、マコトが素晴らしい料理に変えてくれる。まるで錬金術のように思えるくらいだった。 「……何か適当に、音楽をかけてほしいな」 「はい、では……。今日は、これ」  誠一の言葉に応じて、マコトがCDを一枚選んで、プレイヤーにセットする。  自分で聴きたい曲を選ぶのではなく、マコトに選曲させるのが、最近の誠一のお気に入りとなっていた。 「ブラームスか……」  スピーカーから流れてきたのは、ブラームスの交響曲だ。  以前に誠一は「好きな作曲家はハインリヒ・シュッツ」と語ったが、CDを持っているくらいだから、ブラームスも嫌いではない。むしろ好きな方だ。演奏しても楽しくないけど、聴く分には悪くない。それが誠一にとってのブラームスだった。  誠一の感覚としては、逆に「聴いていても退屈だが演奏してみると面白い作曲家」というのも存在する。そんな中、誠一がシュッツを「好きな作曲家」として挙げるのは、演奏する側でも聴く側でも一番と感じて、心の底からワクワクするからだった。 「じゃあ、夕飯の支度に取り掛かりますね」  と言って料理を始めるマコトに、誠一は視線を向ける。  こうして見ると、甲斐甲斐しく夫の世話をする若奥様のようだ。  地縛霊のマコトは、このアパートから出られない。だから余計に、部屋の中では頑張ってしまうのだろう。 「もしも、マコトが外出できるなら……」  ふと、誠一は考えてしまう。    
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