31人が本棚に入れています
本棚に追加
作業
彼は物珍しげに室内を見回している。
それにかまわず、俺はすぐに作業に入った。そうとうな枚数があるのは分かっている。画素数を落としたくないので、ちんたらやってたら作業は深夜に及びそうだ。急がないと、しびれが切れた彼がなにをやり出すか分からない。
手当たり次第に次々とプリントアウトしていく。
当初は焦りで背に汗をかきながらの作業だったが、思った以上に良い画が多かった。これはと思うものがあると、ついつい手を入れて完成度を上げてしまう。
やはり思った通り、これは意外に、光がこんな風に出るなんて────次を、また次をと見て行くにつれ、いつしか作業に集中してしまっていた。
生理的な空咳が出て、ハッと我に返る。
尋常じゃ無く喉が渇いていた。
手を止めて腰を上げ、冷蔵庫からビールを取り出す。立ったままひとくち飲んで、癒される渇きにほうっと息を吐き、缶を持ったまま作業に戻ろうとして────気づいた。
彼が、安いソファでプリントしたものを見つめている。
すっかり忘れていた。まずい。
「あ~~、……すまない。喉渇いたか? ……といってもビールと水しか無いが……ああ、腹減ってないか? えーと……カップ麺がどこかに……」
わたわたとキッチン辺りで動いたが、たいしたものは無い。食事はたいてい外食、あるいはマネージャーが持ってくるものを食う。自宅ではコーヒーすら入れない。
目線を手元に落としたまま、彼のくちびるが僅かに動き、呟くような声が聞こえた。
「ねえコレ、今日撮ったやつ、だよね?」
だが他に音の無い部屋で、しっかり耳に届く。ビールをもう一口飲んで咳払いをして喉を整え、声を返した。
「……ああ、そうだ」
「これ、全部?」
「ああ……いやまだ、半分程度しか……」
慌てて言い添える。実は三分の一を超えたかどうかというところだったが、ついかさ増しして言った。しかし彼はじっと手元を見つめたまま動かず、声も返してこない。
「あ~、悪い、退屈だよな。急ぐから……食うもん無いからデリバリーでも、そうだ確かどっかにピザのチラシが……」
「俺……」
呟く声にくちを噤むと、彼の目が動いた。
こちらを見て、また目を逸らす。
「も、してくれ」
「え?」
手元のプリントを指先で数度弾き、睨むような目を向けられる。
「今日撮った俺も、やって。プリント」
しばし、息が止まった。
最初のコメントを投稿しよう!