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彼に腕を引かれ、ソファに並んで座った。
届いたピザその他諸々が、ソファ前のけして大きくないテーブルに並べられていた。ピザはMサイズが四種類、サイドメニューも数種類、デザートまで並んで、テーブルから零れ落ちそうだ。どれだけ食う気なのか。好きなだけ頼めと言ったのは俺だが。
「てかラザニアってどれ?」
「……これじゃないか」
「おおーう、どーん。……わ、マジでチーズすっげ!」
嬉しそうにプラスチックのフォークを突き刺してるのを見て、同梱されていたプラスチックのナイフを渡し、層になってるから切って食えと教えてやる。
素直に言う通りにした彼は、切り口を見て感動しながら食い始める。
その様子を横目で眺め、くちもとを緩めながら自分もピザに手を伸ばした。この匂いがした瞬間に空腹を自覚していたのだ。
昼過ぎに麦茶と生姜の砂糖漬けを呼ばれてから、なにもくちにしていなかったのだから空腹も当然。作業に集中すると食欲や睡眠欲が飛ぶのはいつものことだから、気づくと空腹というのは珍しいことではない。
しかし。
ピザを咀嚼しながら、不思議な気分になってくる。
いつもならマネージャーがいるだけで集中を阻まれるので、すぐ追い出すのに……今回は彼がいたのに集中していた。
追い込まれていたからなのか? 分からないが、何度も彼の存在を忘れていた。
ラザニアを一口食った彼はピザにかぶりついて、同時に唐揚げを頬張った。そうとう空腹だったらしい。というか野菜がねえな。……と考えが進んで失笑した。
不摂生レベルで人のことを言えはしないという自覚はあるのに、若いのを見ると偉そうなことを言いたくなるのはなぜだ。……オッサンだから、と一瞬浮かび、いやいや、と苦笑する。
二種類目めのピザをくちに運びつつ微笑ましい気分になって横顔を見ていたら、彼と目が合った。
「てかあんたって彼女とか……いないよな、うん」
「おい」
勝手に納得している彼を軽く睨んだ。
失礼な。確かに八年ほどいないが、いかにもモテそうな青年に言われると、若干ムっとした。
「いたらこんな部屋なわけないもん。少なくともコップはあるだろ」
「……うるさい」
この部屋は作業して寝るだけの場所、作業アトリエ兼私室だ。とはいえテレビも無いし、湯を沸かす道具も無い。
二人がけのソファとテーブルは部屋で打ち合わせすることもあるだろうと来客用に置いてあるものだ。自分はPC前から椅子を転がしてくれば良いと考えたので、ソファはこれひとつだけ。しかもほとんど使っていない。たまにマネージャーが座る程度。
風呂に入るか寝る以外、俺はたいてい作業スペースにいる。この場所でできること、それ以外は必要ない。腹が減れば外で食えばいい。このキッチンで自分が料理したのは十数年前が最後である。
敢えて生活感を廃しているのだ。
なのに、そんな部屋で、ソファに座ってピザを食っている。ついさっきまで脅されていたはずの男と並んで。
なんだかな、と思わざるを得ず、笑うしか無い。
「こういう大人にはなりたくねえな~。四十過ぎて彼女もいねえとか、なっさけねー」
「……過ぎてない。三十八だ」
「変わんなくね? どっちにしろおっさんじゃん……てか老けて見えるよあんた」
「大きなお世話だよ」
それは良く言われる。なのでいつも通り軽く流し、矛先を返してみる。
「そういうおまえは。いくつなんだ?」
「俺? 二十二」
「まだガキだな」
「はぁ? 年くってりゃエライって?」
「そうじゃないが……」
むくれた顔に慌てて付け足した言葉に反応することなく、青年はピザを飲み込み、はぁっ、と大きく息を吐いた。
「つうかさ、もう決めなきゃなんねえな、……とか。俺だって色々あんだよ」
「ああ、……そうか、そういう時期か」
俺が新人賞に漏れたのは二十二歳のとき。その翌春には今に繋がる道を定めたのだった。
「そ! ばかにすんな」
「そうだな。悪かった」
人生の転機になる時期というのは、多かれ少なかれ誰にでもあるものだ。そう考えると、彼がなにかを決める、と言ったのも頷けた。
「つうかさあ、高校卒業してこっち来て、色々頑張ったけどやっぱ帰った方がイイのかなあとかさ、考えてんだよ」
「……ん?」
こいつ、モデルなんじゃなかったか?
「おまえ、……就職、とか。考えてるのか」
「ん~~、ていうかさあ…………ていうかさ……」
彼は手にしたピザをくちに押し込み、缶ビールをゴクゴク飲んだ。
助手席にいたときのように少し目を伏せた横顔には、ガキと言われてむくれた顔とは全く違う、大人びた色気があった。
やはり極上の被写体だと思う。これからも彼を撮りたい。
今の、この気安くなった雰囲気なら言い出せるように思っていた。
が……モデルをやめるのか?
「……なあ」
呟くような声が聞こえるが、彼は目を伏せたまま、こちらを見ることはしないまま、ぼそりと言った。
「これ。……俺の写真、くれない?」
「…………」
瞬時、声が出なかった。
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