リベンジ

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リベンジ

「……ああ。もちろん、データカードごと渡す」  なぜか請うような目になっている青年に声を返した。 「そういう約束だ。君はその為にここまできたんだろ」 「……そうなんだけど」  フッと笑った彼は唐揚げにかぶりつき、ビールで流し込むようにして、くちを動かしながら目を伏せる。 「…………なんか。……なんかさ。……ていうか」  顎を動かす合間に漏らす言葉は要領を得ない。  炭酸水をゴクリと飲み、俺は黙って横顔を見つめる。  彼に対して強い興味が湧いていた。  この時期にありがちな迷い、悩み。それゆえの表情だろうか。あの里山で見た、呆然としたような表情も、それゆえなのだろうか。  仕事に対するプライドを覗かせるかと思えば、投げやりに見える言動も見せる。これだけの素材、モデルとしてじゅうぶんやっていけそうに思えるのだが……しかし長く人物を撮っていない俺は、モデルの活動に詳しくない。 「────あんた、……諦めないって、言ったろ」 「…………ああ」  若かった情熱はもう無いけれど、こうして長く仕事をしてこられた。評価される声もそれなりにあり、職人としての自負も持っている。  年齢を経て開き直った部分もあるだろうが、今の俺だからこそできることがあると、そう考えられるようになった。  だが、先ほどの車中でくちにした『もう諦めない』────あれは、あのとき初めて意識に昇った言葉だった。  おそらくだいぶ前から、意識の奥底にあったであろう想い。  それがあのとき彼に促されて初めて、表層に出た。 「それ、……なんか。……すげえなって」  しどろもどろにそう言い、彼はラザニアのパックを掴んでかっ込みはじめた。そのまま食うことに集中するような横顔に苦笑を向け、炭酸水で喉を潤す。  彼と同じ年、俺は諦めた。それから胸の内にモヤモヤとわだかまっていたもの。後悔、と一言で言えるような感情では無いそれが、あの時くちにしたことでスッキリした。 「おそらくだが」  追い詰められて初めて自覚するなど笑止ではある。自分の至らなさに笑うしか無い。 「そう思えたのは、君のおかげだ」 「……は? 俺?」 「ああ」  だが彼のおかげで分かった。  俺は無意識に、手放したものを取り返したいと思っていた、のかもしれない。それを彼が表に引っ張り出した。  彼を見てシャッターを押して、────なにかを掴んだように思え、手放すものかと必死になった。だが、それでも失わざるを得ないというならば。  ならば改めてしっかり掴み直そう。それが、その想いがくちに上せた『諦めない』だったのではないか。  若かったあの時は諦めた。けれどこれからやり直す。これからは、自分自身に納得できるように生きていく。彼を撮ってからの時間に、そんな意識の端緒が産まれていた、の、かもしれない。  思わず浮かんだ笑みのまま見ると、彼は眉寄せた不審げな顔をしていた。 「俺は脅迫してるんだよ? あんた、あんなに焦ってたじゃん。すっげ必死で……」 「そうだな」  返しつつ苦笑のままピザにかぶりついた。 「だがそうされるような失態を犯したのは俺だ。君がああ言ったのは、プロとして当然のことなんだろう」 「だって、あんたが写真撮れなくなるようにしてやるとか思ってたんだぞ?」 「……だろうな」  写真を撮り続ける俺に怒った彼。  激しい敵意を感じ焦った。詳しくは知らないながら、プロのモデルなら、きっとそう考えるものなんだろうと、どうにかしなければと。  なにかを掴んだような気がしていた、あのときに道をたたれるのはかなり辛いと必死になっていた。 「うん、写真を撮れなくなるのは困る、な。……だからこうして、君に従ってる」 「だろ? 俺は敵じゃん? 敵なら憎むんじゃねえの?」  声が、軋むような響きを帯びた。  彼はひどく苦しそうに眉を寄せ、縋るように俺を見ていた。まるで憎んでくれと請うように。 「……憎い、とは思わないな。少し恐れてはいるが」  今このように考えている、そうなれたきっかけは、明らかに彼だ。  仕事には真摯に取り組んでいるつもりだったが、投げやりな部分も常にあった。この年になるまで、ここまで追い詰められたことなど無かったゆえに、深く考えず日々過ごしていたのだろう。  あの日々を否定しようとは思わない。  生きるために、社会生活を送るために、考えずにいることが必要だった。  あの頃深く考えていたら、一歩も動けなくなっていただろう。そうすることが必要だった。  俺はおかしかったのだ。それを自覚することすら無意識に怖れ、考えないようにしてきた。  おそらくあの時からずっと。  新人賞に漏れて自棄になった、その二週間ほど後。俺以外の家族全員で温泉旅行に出かけたが、俺は一人残っていた。  自棄になっていた当時の俺には、気遣うような母や妹も、弟がからかうようにちょっかいかけてくるのも煩わしいだけだった。脳天気に旅行など行く気にならなかったし、むしろひとりになれると喜んですらいた。とはいえ写真も撮らずにダラダラくすぶっていただけだったのだが────。  父の運転する車はトンネル内で起こった車の追突事故に巻き込まれた。  車の何台かが発火し、トンネルの中は巨大な煙突と化していたらしい。その発火した一台は、うちの車だった。
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