リベンジ

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 俺は本当にろくでもないやつだった。  写真の学校に行く、学費は高いが出世払いで返す。  そんな言い方で父母には無理を強いた。だが文句ひとつ言わずに父は残業を、母はパートの時間を増やした。  なのに鼻をへし折られた時、俺は学校では見栄を張り素知らぬふりをしておいて、家で荒れた。  気遣う声を掛ける妹を邪険に振り払い、母の夕食を無視して友人の家に入り浸り、大言壮語を吐いて飲んだくれた。 「兄貴、いい加減にしろよ」  真っ直ぐな言葉で俺を刺す弟には、『能なし』だの『馬鹿には分からん』だのと根拠の無い侮蔑を返した。  小学校からサッカーを続けていた、まっとうな弟。  すぐ泣くくせに、傲慢な(おれ)を気遣っていたけなげな妹。  家族のために働き、たまの休みも家族のために使った父。  日々家事をこなしつつパートまでして、俺たちを育ててくれた母。  ────俺などより彼らが生きるべきだった。  なのに、彼らはいなくなり、俺は生きている。  けれど死ぬのは恐ろしい。死にたくない。俺は、ろくでもない。  才能も無いのに驕りたかぶって虚勢を張り続け、敗北感を押し隠して、やはり見栄を張り……下らない、価値など無い人間。腐り果てた、ろくでもない人間。  ────なのに、なぜ俺は生きてる。  もういない。  声を聞くこともできない。  触れることも、謝ることも、もうできない。  なのに彼らを忘れて、俺一人が楽になるなど、してはいけない。  死ぬこともできない俺が逃げるわけには行かない。  せめてここで、罪をあがなうのだ。  保険金で生活するなど、絶対に嫌だった。彼らの死を利用して生きるなど無理だ。  しかし生きて行くには金が必要だ。最低限の生活を整えなければならない。働かなければ。  そう思えるようになるまで、二ヶ月近くを要した。  俺の驕りで居酒屋へ通っていた友人は、未だに付き合いの続いている気の良い男だ。  まず自分の部屋に来るかと声を掛けてくれた。しかし狭っ苦しい部屋で男二人暮らしなど、想像するだに嫌だと断った。  すると『俺もここに住もうかな』と言い出したが、この部屋に他人が踏み込むのはもっと嫌だった。次にホテル暮らしを勧められたが、この家から離れることなどできるわけがないと、にべもなく無視した。 「意地を張るな、少し気を楽に持てよ」  友人は心配だったのだろう。言葉も視線も真摯なものだった。 「生活を変えろ。せめてちゃんと眠れ」  疲れ果てていた俺は、思い悩み続けることを、諦めた。  保険金の大半を祖母に送り、残った一部を新たに作った口座に入れた。  その金でベッドを買って、寝具も全て揃え直した。母ならけして買わなかっただろう高級なものを選び、かつて兄弟三人で寝起きしていた、子供部屋だった部屋に設置する。  でんと鎮座する高価なベッド、落ち着いた色合いの肌触り良い高級な寝具、シックなサイドテーブルにスタンドライト。  まるで高級ホテルのような部屋になったそこで、俺は眠れるようになった。  それまで見たことも無かった高級品を選んで、タオルなど必要な最低限を揃える。下着に至るまで服も全て買い直し、徹底して外食し、カメラも新たに購入してパソコンも最新のものを揃え────そうして、かつてここにいた家族の影など微塵も無くなった。  しかし、唐突にひょっこり顔を出すのだ。  それはときに声であり、ときに匂いであり、ときに瞼の裏に浮かぶ顔だったが、その都度気付かなかったことにして誤魔化した。やがて誤魔化すことに慣れて、無意識にそうするようになり……ここまで生きてきた。  数年が経ち、仕事を貰えるようになって独立してフリーでやっていくことを決めた俺は、部屋で作業を完結できるよう機材を揃えた。家族の団欒の場であったリビングは、生活臭ゼロの作業スペースになった。  自活できるだけの収入を得てからも、引越そうなど微塵も考えなかったけれど、この部屋に生活感を持ち込みたくは無かった。  好意を寄せてくれる女性もいたが、やがて愛想を尽かされた。  頑なに心を開かないままでいる男に、付き合いきれなかったのだろう。  俺は怖かったのかも知れない。    新たな関係を築いても、また失われる。失うのが怖くなるほどの人間関係を作ることを、ずっと恐れ続けていたのかも知れない。  そんな自覚など、無かったけれど。
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