個展

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 年間アワードを取ったのは、もちろん俺では無かった。  しかしかつて新人賞に漏れたときのような衝撃など微塵も無い。  アワードを取ったのは俺より十歳以上若いが、才能溢れるという形容がまさにはまる、素晴らしい写真を撮るひとだ。俺が選者でもこの人を推すな、と考えながら穏やかな気持ちで拍手を送った。  表彰の会場でも、若い写真家に心からの賞賛を隠さないでいると、共に海外へも行く若いスタッフが不満げに言う。 「まったくセンセ、欲がなさ過ぎッスよ! 少しは悔しがるとかないんスか」 「いや、納得の結果だよ」  この業界、才能の有無は残酷なほど現れる。  上手い写真家はたくさんいる。俺もその一人に数えられているだろうが、努力や情熱で補えないものはハッキリとある。  それを持つひとがさらに努力を重ね、差は歴然と広がっていく。  若い頃は自分自身がその才能を持っていると過信して、間違った方向に無駄な努力を重ねていた。今の俺があの頃の俺を見たなら、辛口の助言をするだろう。けれどおそらく、若い俺は聞き入れまい。何も分かっていないクソおやじがなにを言うかと、鼻も引っかけないだろう。  華やかな表彰会場で、そんなことを考えてニヤけていると、知り合いから声を掛けられた。個展にも来てくれたひとだったので、その節はと挨拶を返す。  来てくれたとき、既に写真集が売り切れていたので、また刷ったら欲しいと言ってくれて恐縮する。 「ありがとうございます。けどもう、刷らないんじゃないかな」 「そうなのかあ」 「被写体が地味ですし、売れそうにないでしょう」 「確かに爆発的に売れる類いではないですね。玄人受けというか」 「いやあ、そんなたいそうなもんじゃないですけど」  その会話を聞いていたのかどうか。  主催団体から、ライブラリーと銘打ったシリーズのひとつとして、写真集を出してみないか、という話が来た。  個展で出していたものは、装丁も適当なものだったのだが、そこで出すならシリーズ共通の装丁になり、ページ数も個展のとき刷ったものより増量になる。表紙には俺の名前が入るが、それだけではなく、シリーズ一覧に連ねられた錚々たる写真家の中に、俺の名前も連なることになる。  畏れ多いとビビり気味になる俺を置いて、社長始め会社の連中が大喜びで受けてしまった。  当然のように、俺の意向は聞かれることも無かったのだった。  写真集は学校の蔵書として買い取られること、各地の図書館に置かれる事が決まっていた。だがそれ以外にも直接買いたいという声があり、書店に注文が入ったりもしたらしい。爆発的に売れることこそ無かったが、二度増刷され、想定していたよりかなり多額の印税が入った。  自分の作品が受け容れられるのだと、数字が教えてくれる。  それはちょっとした感動だった。
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