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温泉も無ければ遊興施設もない、けれど四季折々の風景は美しい。
そこの住人は頑なに町だと主張するが、実態は農村。
そんな町としては住人の高齢化や離農が進むのを懸念して、なにか施設を作るべきではと協議していたところだった。
そこに写真集の話が来て、すわ写真集に関連した施設をつくろう、そこに町の写真を展示して観光の拠点にしよう、などという声が上がったと聞き、俺は焦った。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
慌てて町役場へ行ってやめておいた方がと言ったけれど、役場の人も諦めたような笑みで「言い出しっぺが」と首を振るのみ。
さもあろう、言い出したのは、町のうるさ型で声もデカいが発言力も大きい、あの里山のじいさんだったのだ。元々ひとの言うことを聞く人ではないし、役場の職員では絶対に勝てないと俺にも分かる。
しかし、そもそも写真集自体が大して売れるはずもないのだ。それを基に施設など作ったって観光客なんて呼べるはずが無いではないか。
無理だ無謀だ、考え直して貰えないかなどと、さんざん言ったけれど、じいさんはかえって燃えさかる始末。
弱り果てて社長に相談してみたが、
「先生、諦めたらどうです?」
さらっと笑われただけだった。
「うちとしては写真集を出す以上のことはできませんし」
「それはそうだろうけど」
「町おこしなんて、なにが当たるか分からないんですから。ダメでもそれは町の方で考えることですよ」
「けどね、俺のせいで無駄な施設作ることになんてなったら」
「そんなの先生のせいじゃ無いですって。任せておけば良いんですよ」
「でも……」
「一応、町役場には先生が心配してるって伝えておきます。先生は余計なこと考えないで、良い写真撮って下さい」
そうは言われたが気になってしまうものはしょうがない。
とはいえ、仕事の予定はそれなりに詰まっているし、心配以上にできることなど無かった。
心を残しつつ、俺は漁村で白夜を楽しんでいるという作家を追いかけて、翌週旅立ったのだった。
フィンランドの漁村で二週間ほど過ごし、次にニュージーランドへ向かった。
老人施設を経営する人の取材があるのだが、うちの会社にはその施設のパンフレットの仕事が事前に入っていた。施設の様子や住人たちのポートレイトを撮ることになっていたのだ。
そこでついでにその取材の写真も、と頼まれたのである。
そこで一月ほど過ごした。
取材に合わせた写真は先に手渡す必要があったので先に処理したけれど、パンフレットで使いたい部分が内装業者の手違いでまだ完成していなかったのだ。
先に陽光に照らされた建物、老人たちや施設の職員たち、町並みなどを撮り、内装が完了するのを待って全て撮り終え、ようやく帰国する。
撮った写真を仕上げてデザイン事務所へ渡し、続いて国内で請け負った仕事をこなす。
写真集が発売されたよ、そこそこ売れているよ、と聞かされて、赤字にならなければ良いよと答えたりしているうちに、気付くと三ヶ月ほど経過していた。
「休み無しで疲れたでしょう、先生。二週間お休みあげますから、ゆっくりして下さい」
社長のお達しにより休みを言い渡され、久し振りに町へ行くことにした。ずっと仕事が詰まっていた気疲れもあり、癒やしを求めたのだ。
家でのんびりしていると、いきなり町役場からやってきた数人が、ビックリするような勢いで言った。
「先生! ありがとうございます!」
目を白黒させている俺をよそに、くちぐち先を争うように話す言葉から、なんとか分かった、けれどそれは驚くべき話だった。
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