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町で写真集を出す、それと併せてなにか施設を、と盛り上がっていたのは知っていた。しかし知らないうちに、新たな施設を作ることが決まってしまっていた。
「まさか、こんな話が来るなんてなあ」
「全部先生のおかげです」
「ありがとうございます」
「え、いや、俺はなにも……」
そもそも、とあるプロダクションがロケ地として使える農村を探していたらしい。そこにあの写真集が発売され、それを見たとある有名人が『あの先生の名前でやるなら、協力したい』と言ってきたというのだ。それは誰だと聞いても「約束なので教えられません」と満面笑顔で言われ、教えて貰えなかった。
ともかく、町のあちこちをロケ地として利用すれば良いと話が進み、話を聞いたあのじいさんまで、里山もロケ地として使えと言ったらしい。
さらに離農して荒れ放題になっていた畑を買い取って、撮影スタジオを建てるという話まで出た。
そこには施設の保全に関わるひとや役者などが宿泊できるような施設も併設し、使っていないときは一般にも開放する。その一部に俺の写真、つまり町の風景などを展示する部分も置く。
いつものことだが、当事者であるはずの俺は置いてきぼりで話は進んでいた。
「これで定期的に人が来るようになるってことだ」
「ゆくゆくは観光地になるだろう」
……そんな皮算用を聞かされて、俺は青くなった。
「え!? 無理でしょ? ていうか、なんでそんなおおごとに?」
やめた方が良いんじゃないかと、かなり必死に言ってみた。
けれどなにを言っても、もう手遅れだった。すでに各方面で多くの人が動き始めていたのだ。
◆ ◇ ◆
一年後、町にちょっとした施設ができた。
蓋を開けてみれば撮影スタジオなどというほどのものではなかった。スタジオとして使えそうな体育館のようなスペースはあるが、それに小規模な宿泊施設が併設されただけの、大きめの公民館といった趣だ。俺が撮った写真を展示するスペースと売店もある。
ロケ地として町内が使われるようにはなったようだが、ファッション雑誌などのロケで使われることがあるという程度で、撮影が頻繁に行われている様子は無い。
それでもいくらかは人の出入りが増えたようで、町としてはそういう機会を増やしたいという思いから営業活動をしていると聞いた。
田園風景や森の中の撮影がありそうな映画やドラマなどの撮影が行われないか、常にリサーチしてるらしい。住民もそれぞれ情報収集に協力したりと、なにげに活気づいている。
若干ではあるが観光客は増えたのだそうだ。
「ガイジンさんが来るんだよ」
と嬉しそうに言ったのは、町に一つあるコンビニのおばちゃんだ。他にも恩恵を受けている店があるとは聞いたが、住民が増えたわけでは無いし、宿泊施設ができたと言っても小規模なものでしか無い。
つまり、町おこしという意味では、あまり成功しているように見えない。
本当にこれで良いのかと聞きたいところだが、聞いて良いものか迷うところでもある。下手に藪を突いて、じゃあなにかやってくれなどと無茶を振られても困るではないか。
なので黙っているしかない、と諦める。
町のみんなのノリはいかにもお気楽で、楽観的過ぎるとしか思えないが、これで良いのかも知れないと思い直した。
町おこしだの言っているが、単にお祭り気分を味わっているだけのようにも見えるのだ。真面目に結果を求めているわけでは無いのかも知れない。
そう考えて苦笑を漏らしつつ、俺はくちを噤むのだった。
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