蒼天

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 眉を寄せたまま目を閉じ、彼は大袈裟なほどのため息を吐いた。 「……俺の写真以外、……なら、いいか」  気の抜けた声と共に頭をがりがりと音がしそうな勢いでかき乱し、青年がこちらへチラッと目を向けた。 「あんた車で来た?」 「あ、ああ」 「んじゃ、さくっとプリントしちまうか」  忌々しげな声と共に、青年は脇をスッと抜け森へと足を踏み入れる。こんな表情も良いなと見ていると、すぐに足を止め、眉寄せた顔だけこちらに向けた。 「ちょっと、何回も来てんだろ? 先に行けよ」 「……?」 「道分かんないんだって! 迷ってココに出ちゃったんだから!」  木漏れ日を受け睨んでくる彼は酷く子供じみた表情をしていて、その可愛らしく見える表情も、やはり撮りたいと思ってしまう。……が、イカンと自分を抑え、麓へと足を進める。  それから車に辿り着きエアコンを効かせるまで、青年は黙々と動き、溜息ひとつ吐かなかった。 「あ~、涼しい」 「山歩きには向かない格好だからな。あんなところで何してたんだ」 「言ったろ、迷ったんだよ」  腹立たしげな声が返り、青年はまたくちを噤んだ。  どうにかデータを持ち帰れないものかと未練がましく思ってしまう。会話の端緒として、なぜあの里山にいたのかと当たり障りない話をしてみようと考えたのだが、あっさり絶ち切られてしまった。  ため息混じりに車を発進させ、くちびるを噛みしめる。しょうがない。ここまでの譲歩は得られたのだ。未練は断ち切らなければ。 「……ここらへんでプリントできるところ、知ってるか」 「は? 知るわけないだろ」 「……ですよね。いや悪い、一応確認したかっただけだ」  この片田舎にデジタルプリントができる店など無い。  ネットが繋がらないことをパソコンが動かないと表現するような老人がほとんどのこの村、いや町で、プリント設備のある家があるとは思えない。  いや、あるかもしれないが軽々には聞けない。聞いたらどうなるか、簡単に予測できるからだ。 「ほお。その『ぷりんと』とかってのができると、あんたは都合がいいのかい」  などと言い出し、いつのまにか設備を揃えて「越して来い」と強要されかねない。既に複数の人に越して来ないのかと言われているのだ。  ここは好きだが、住むとなると話は別だ。  そこで青年に、まず都心へと向けて走らせると告げた。  途上に町はあるものの、いつも素通りしているだけなのでデジタルプリントのできる店など心当たりは無い。探して見つかるか分からない。  そう言うと、「ふうん」気のなさそうな声がポツリと聞こえ、それと同時、車のアラームが鳴った。助手席のシートベルトが外れたのだ。チラリと目をやると、青年は後部座席に腕を伸ばしている。 「おい、なにを」 「もーらい」  カメラバッグを膝に乗せ、青年がニッと笑う。 「これ、人質な」  さあっと血が引いた。 「そっ、それは人じゃ……」 「安心しろって、いきなりカード抜いたりしねえよ」  クスクス笑いながらシートベルトを嵌め、アラームは鳴り止んだが、心臓がバクバクと早打ちし、脇や背中に汗が流れる。 「そうだな、コンビニとかってプリントできるんじゃ無かったっけ」 「あ? ああ、できるだろ。枚数あるから時間かかるとは思うが」 「ええ~、冗談じゃないなぁ。誰が来るか分からないトコで長時間なんて」  眉をしかめた彼に内心胸を撫で下ろした。  できれば少しでも良い設備のあるところで、という欲がある。コンビニでもプリントは可能だが、質は望めないので気が進まない。  しかし彼の手に大切なカメラを握られているのだ。激しい焦りを感じている。  この期に及んでもデータカードを渡したくないという思いは打ち消しようもなく強まるばかりだ。しかしそうくちにしたなら、彼は即座にデータカードを抜き、壊してしまうだろう。いや、カメラを壊してしまうかも知れない。  本来なら自宅でプリントするのが一番良い。が、さすがに無理だろう。彼に余計な疑いを抱かれては、即座にカードは壊される。  自宅ではできない加工を頼むことがあるので、設備の整った店はいくつか知っている。知り合いの家でプリントすることも可能だろう。  しかし自分の馴染みのある場所で、彼に疑われたら……そう考えるだけでじわりと汗が滲む。  危険は犯せない。俺に拒否権など無いのだ。
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