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飼い主の掛け布団が激しく擦れる音で、俺は瞬時に目が覚め、欠伸を噛み殺しながら、敷かれたカーペットへ下りる。
閉められたカーテンのわずかな透き目から、朝の日差しが差し込んでいた。
ベッドからは、飼い主がゆったりした足取りで、クッションに毛がついたとか、文句を恐れ、身構える俺に近づいてくる。
持ち上げられた俺は、ぎゅと抱きしめられた。俺の鼻先で、飼い主は満面の笑みだ。
「昨日は八つ当たりしてゴメンね」
「ニャーン」
お互いに嫌な夜でした。俺は伝えたかったのだが、飼い主は猫語を理解できない。
俺を抱えたまま、空いている腕でドアを開いて、リビングに出た。父親と母親は、テーブルを挟んで座り、談笑している。
父親は後頭部を手でかきながら、肩を竦めている。飼い主と俺に、気まずそうな表情で、首を巡らせた。
「昨日は、怒ってすみませんでした」
「お父さん、気にしてないよ」
俺を昨晩、邪険に扱ったくせに。家族のボスである両親には、媚を売っているようだ。
目を細めた母が、娘に椅子に座るよう手で促していた。母親のやけに優しい声が、リビングの空気を漏らす。
「お母さんも謝るね。ごめんなさい」
「だ・か・ら・気にしてないって」
飼い主は白い歯を覗かせながら、片手をひらつかせている。
俺をそっと床へ下ろしてくれた。
親子三人はテーブルを囲んでいる。一家だんらんの朝食では、会話に花が咲いている。飼い猫の俺も一安心だ。
俺のエサを忘れていることに、最初に気が付いたのは飼い主だ。
三人同時に、椅子から、腰を上げようとしていたが、娘が「わたしがエサあげるから」と、両親を手で制していた。
飼い主は手早く俺の前に屈みんでいる。
俺専用皿には、エサがうず高く、山のように積まれている。ぺろりと舌なめずりしてから、食べきってやった。
昨晩と同じ猫缶で同じ味だが、うまい!
父親が壁にかかった時計を見ながら、焦って立ち上がる。
俺には関係ないことだ。満腹でおなかに重さが、全身に眠さがあり、あくびをしながら、玄関にゆったり向う。
腹ばいになって、のんびりしながら、舌先で前脚の毛繕いをしていた。睡魔が限界に達しようとしている。俺はまぶたを閉じた。
「じゃ、お父さんは仕事に行って来るからね」
「あなた、行ってらっしゃい」「お父さん、行ってらっしゃい」
ハモッた二人の女声が、リビングから聞こえる。
父親がバッグを肩から引っさげる音もした。足音は徐々に大きくなっている。
その刹那、激しい痛みが背中を走り抜ける。
「キャイ~ン!」
不意に俺は、悲鳴を上げる。床の上で、のた打ち回る俺に、父親は目を限界まで開いて見つめている。
「しまった! すまない。大丈夫か?」
「ニャー! ニャー!」
大丈夫じゃない! 早く犬猫病院に運んで! 叫び続けるが、人間語を、話せないのが悔しい。
俺は背中を踏まれたのだ。仰向けになりながら、身をよじらせていた。
天井を見上げながら、両の前脚を虚空で必死に動かす。
そして、搬送先の犬猫病院で、背中全体がしめつけられるように痛い、と俺は獣医に叫び続けていた。(完)
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