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夜八時過ぎ会社員の父親は、ドアを手荒く開けて帰宅した。室内の空気が掃除機で吸引されたように、俺の鼓膜が震えた。おかえりなさいと、微笑んで出迎えた母親を一瞥している。
「おい! 早く、メシにしろよ」
「う、うん。すぐにテーブルに並べるから」
父親はふん、と鼻を鳴らしながら、椅子に無造作に腰を下ろす。床に寝そべっている俺は、地響きを感じる。
父親は、俺からすれば、うらやましいほど、きれいにお皿に彩られたおかずに、チッと舌打ちしながら、母親に視線を飛ばす。
「お母さん、これが俺の晩ご飯か!」
「なに怒ってるの?」
「怒ってないだろう!」
母親が黙り込んでしまったので、幸い激しい口論には、ならなかった。俺の飼い主は、まだ帰ってこない。
人間の群れ、でなくて……、この家族では、俺の飼い主は、リーダーの父親と母親に、基本は従順に振舞っている。
父親は夕食を箸で口に運んで、まずそうに、くちゃくちゃ音を立てて食べている。
母親は父親が、会社の仕事で、面白くないことがあったと、理解しているようだ。さすがは夫婦だ。
母親が不機嫌顔で、俺の前まで大きな歩幅で近づいている。俺は関係ないのだ。お座りをして、首を傾げてとぼけていた。
八つ当たりしないで、と母親は小さくぼやきながら、お父さんも仕事で頑張ってくれているんだから、とか俺にささやいていた。
まるで、自身に言い聞かせるようにしながら、俺の頭を撫でてくれている。
「ただいまー」
「ニャン!」
いとしい俺の飼い主の、鈴が鳴るような透き通る声がした。気が付けば、おれは、母親の横をすり抜けて、早足で駆け寄っていた。
両膝を擦るようにしながら、靴を脱いでいる。
「よしよし」
「ニャン」
高校のあとに通う、予備校が終わったのだ。俺を思いっきり抱きしめながら、頬ずりしてくれた。
ゆっくり床におろされた。飼い主の手を良く見れば、おいしそうな缶ジュースをグイッと飲んでいる。
のんびりとした足取りで居間に歩を進めているので、背中を追いかける。
缶ジュースの最後の一口が欲しい。飼い主の前に先回りして、足元から、セーラー服姿を、物欲しそうに仰いでいた。
「あっ、お父さんもう帰って来てたんだ」
「父親に向ってその態度は何だ。『もう帰ってきてた』とは、失礼だろう」
父親が箸を置き、かっと目を見開いて飼い主へ激しい口調で、今にも詰め寄りそうだ。
母親は飼い主との間で、立ったまま、両手を腰に添えている。飼い主を守るのだろう。
飼い主にため息混じりに、
「またジュース買ったの? 無駄遣いしないで」
違った。一緒になって飼い主を責めている。この人間家族で内で序列が一番下は、俺を除けば、飼い主だ。
両親の機嫌が悪い時の、常套句“無駄遣い”を、飼い主は、うんざりした表情だが、聞き流せているようだ。
俺が存在しないかのように、飼い主は無言で自室に消えて去ろうとしている!
俺は飼い主のあとを猛ダッシュで追いかけた。ジュースの残りが飲みいのだ。ドアが閉じる直前に、隙間から滑り込めた。
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