小さな荷物

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 私の朝は家中の雨戸を開けるところから始まる。  書道教室を開いている祖母の家は広々とした平屋建ての建物だ。八十をとうに越した祖母では、毎朝全ての部屋を回るのはかなりの大仕事だった。  全ての雨戸を開けた頃には祖母が朝食の支度を始めているので、少し手伝う。  和食中心の食事は慣れなかったが、やさしい味付けの祖母の料理は好きだった。  書道教室の生徒は小学生が多いので、子供たちが学校に行っている午前中は家事や祖母自身の作品づくりの時間だ。  私は広い庭の植木に水やりをしたり、縁側で少し本を読んだりする。毎朝家の前を通る人とは顔見知りになった。  近所の人が何かを持って立ち寄ることもある。一人暮らしの祖母を心配して様子を見に来てくれる人も多かったらしく、私の来た後も頻繁に人が訪れる。  都会にいた今までとは全く違う生活だった。  昼食後は暫く祖母とお喋りをする。  祖母の話を聞くのは楽しかった。書道や趣味にしているパッチワークの話は私の知らないことばかりだったし、近所の人のあれこれや昔話などのとりとめのない話も、私の想像したこともなかった生き方ばかりで、新鮮だった。  午後になると毎日沢山の子どもがやってくる。きゃいきゃいと楽しそうにふざけながら教室に入る。  “先生”にも懐いているようで、真面目に取り組みつつも、隙を見ては今日学校で起きたことを一生懸命に話したり、足の悪い祖母の代わりに物を取りに行ったりしていた。  私は教室にはあまりいないが、机の準備や片付けなど、多少の手伝いはする。  思えば、こんなに子どもの姿を見るのは久しぶりのことだった。無邪気で心から楽しそうにしている様子を見ていて、自然と頬が緩むのを感じた。
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