終わりのはじまり

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あれから一睡もできないまま、私は会社へ出社した。 メイク乗りの悪い顔、腫れた瞼。空気を察して、いつもは声をかけてくる同僚達も今日ばかりはみんな静かだった。 婚約の証に、と彼にもらったペアリングが薬指に無いことだけで容易に察することのできる姿に、きっと同情したのだろう。 空調の効いたオフィスが、私の心まで冷ますようにフロアの熱を奪っていた。 「先輩、大丈夫ですか?」 一息つこうと共有スペースに座っていると、唯一声をかけてきたのは後輩の岸野だった。 差し出されたカップコーヒーを受け取ると、隣に腰掛ける。 「大丈夫」 「大丈夫って顔じゃないですよ、それ」 岸野は私がこの会社に入社してから初めて教育担当になった後輩だ。 物覚えが速くて、本当に優秀な社員に育ってくれた。人に物を教えるのが苦手な私にしっかりついてきてくれた頼りになる後輩だ。 「先輩がこんなにボロボロな状態で会社に来るの初めて見ましたよ。理由はなんとなくわかってますけど、会社の人たちもうっすら気づいてるみたいです。みんな今日気遣ってちょっとピリピリしてるし」 「え、そうなの?なんか申し訳ないね・・・」 私は基本仕事に私情を持ち込まない。 それが普通だとわかっているからだ。 仕事は仕事、プライベートはプライベート。きちんと割り切らないと、会社に迷惑もかかるし、印象も悪くなるどころか、最悪の場合業績にも関わる。 だけど、この歳になっての失恋は、あまりにも自分自身の中で想定していた以上に苦しかった。 「あまり思い詰めない様にしてくださいね、先輩。僕、戻りますね」 「あ、うん・・・お疲れ」 貰ったカップコーヒーを一口飲むと、少し甘めのカフェオレが入っていた。 岸野は本当に出来のいい後輩だ。
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