終わりのはじまり

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OLとして働き始めて8年。 ベテランと呼ばれるにはあともう少しという立場の私は、節目の10年を迎えるあたりに寿退社するのが夢だった。 過去に何人もの同僚が花束と共に寿退社を祝福され、この会社を去っていった。 この私もついに、と思っていた矢先。 会社もまだかまだかと様子を伺っていたのがわかるほどだったが、それも叶わぬ夢となった今はただ無に還って仕事に打ち込むしか手はなかった。 思ったよりも仕事に追われ、時計の針は夜の9時を回っていた。 まっすぐ帰るにはなんだか足が重い。 頼れる後輩だからといって、岸野はプライベートで会ったこともないし、付き合わせるのもパワハラになるきがして気が引ける。 近くのバーに寄って帰ろう。 そう決めて、私はパソコンの電源を切り、オフィスを後にした。 このバーには、色んなお客さんが集う。 恋話に花が咲く女子会や、夜の勝負を繰り広げる男女、お互いの愛をお酒に浮かべるカップル… そんな人々を横目に、カウンターへ1人腰掛けた。 「マスター、いつもの頂戴。濃い目で」 「あら、珍しいね」 仕事で嫌なことがあったときや、その逆に嬉しいことがあった日、まっすぐ家に帰りたくない時…いつもここが私の居場所だった。 いつもと同じように、モスコミュールを頼んだけど、今日ぐらいは濃い目でサクッと酔っ払ってしまいたい。 「どうぞ」 金色に浮かぶ数々の小さな泡と、ハッキリとしたグリーンで彩りを添えるライム。そしてさらにそっと香りづけされたジンジャー。ロックアイスとクラッシュアイスが程よくブレンドされた、マスターのセンスが光る一杯だ。 ここのモスコミュールは、とても美味しい。 変わらない味と信頼感に、素直な感情が解放されていくのがわかる。 私の中の絶望は、 あくまでも私と彼の中だけで繰り広げられていて、周りの世界はいつもと同じように巡っている。 会社に行けば見慣れた顔が並び、 このバーに来れば変わらない味で私を出迎えてくれるこのモスコミュールがあるし、マスターもいつものように出迎えてくれる。 何1つ変わらない世界が、いつもと同じように回り巡っているのだ。 顔を伏せて泣いていると、カランと氷が溶ける音がすると同時に、何かを置かれた音がした。 「これは…?」 「あちらの方からです」 マスターが示す方に座っていたのは、同じ会社に勤める上司の守田さんだった。
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