一人目の同居人

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 めずらしく信二の部屋に女が訪ねてきた。ドアを開けると挨拶もそこそこに部屋に上がり込んできた女は、信二をこう呼んだ。 「お兄ちゃんにしてはおしゃれな部屋見つけたわね」 なんだ妹か。顔、似てなくてよかったなとこっちが胸をなでおろすほどかわいい。 それに少し歳が離れているようだ。 「何言ってんだよ、こう見えて兄ちゃんはけっこうセンスいいんだぞ」 今まで見たことのない雅こと信二の穏やかな笑顔に少々驚いた。こんな一面も持っているなら職場でも見せてやればいいのに。そうしたらみんなの印象も違ったものになるはずだ。 「母ちゃんたち元気か?父ちゃんの漁のほうはどうだ?」 キッチンから立ち上るコーヒーの香りに目じりを下げる妹は、信二の質問に答える前に お兄ちゃんのコーヒー久しぶり、と声を弾ませた。 「うん、みんな元気だよ。今年は大漁だって父ちゃん喜んでるよ」 どうやら信二の故郷はどこか漁が盛んなところらしい。その故郷から東京で働く兄のところへ遊びに来た妹だとわかった途端に、ほのかに磯の香りが鼻の奥をくすぐった気がした。 「よし、今夜は美樹の食べたいものごちそうすっから。何食いたい?行きたいとこあるか?」 渋谷に行きたい、という妹・美樹のために信二はスマホで店を検索する。こんなのあるぞ、あんなのあるぞと次々見せては嬉しそうに笑う妹を愛おしい目で見つめる兄の姿に、 「お兄ちゃん、やっぱ都会の方が楽しい?」
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