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信二の様子が変だと感づいていた俺は、休みの日に出かけていく信二の後をつけた。
眩しい太陽の下を歩くのは随分と久しぶりなので、形のない身体には日差しのぬくもりがありがた迷惑になる。誰にも聞こえないことをいいことに、体力奪われるわぁとブツブツ文句を大声で言う。さすがに信二も気配を感じることなく、目的の場所へと足を早める。
着いた場所は俺も世話になったあの不動産屋だった。
まさか、という俺の嫌な予感は・・あたってしまった。
雅こと信二は、あの部屋を引き払うことを決めてここに来たのだった。
約半年で退去することに、店の社長らしきおっさんは、事故物件であることが理由なのかとストレートに聞いてきた。
信二は、そのことについては言葉を濁した。
「では新しい物件のご紹介をよろしければ・・」
「いや、しばらく実家に帰ることになったんでそれは必要ないんだ」
え?そうなのか、と背後から信二の顔を覗き込んだ。
それ以上のことは語らず、不動産屋も聞いてこず、退去予定日の確認やら書類の事やら事務的な話だけして信二は店を出た。
それにしても随分急な話じゃないか。俺、何も聞いてないぞと人の波にもまれながら必死に信二の後ろについて歩いて声を投げかけたが、騒音にかき消され届かない。ならばと信二の心の声に耳を傾けた。だが、なにも聞こえてこない。今、信二の心の目が見ているものは、大都会の喧騒の中を行きかう人間たちと通りに立ち並ぶ飲食店。ヤツにとっての憧れの街を、懸命に心に焼き付けている事だけがはっきりと見えてきた。
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