一人目の同居人

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 雅こと信二にもそれが伝わったようで、あきらめたように笑ってから話し始めた。 「ほんとは・・逃げ帰るんです、田舎に。都会にあこがれて、俺だって東京で立派に働けるんだって、田舎の仲間に見せつけてやりたくて出てきました。ホストになりたかったってわけじゃないんだけど、俺頭悪くて勉強できなかったから、客商売ならって甘く見てて。  でも簡単な仕事じゃないってようやく解ったし、それに人との関係をうまく築こうって気がないから無理だなって、どんな仕事も無理だなって。だから田舎に帰って漁師やってる親父の手伝いをしようと決めたんです」 隠れる必要はないのだがなぜかロフトに隠れて話を聞いていた俺は、納得のいかない鼻息を細く伸ばした。それでいいのかよ?とも呟いた。 だって、それって田舎が・・ 「田舎があるやつはいいよなぁ、そうやって帰れる場所があってさ」 俺の言葉を引き継ぐようにして店長が話し出した。俺とおんなじこと考えてる店長の話に興味が湧いて、ロフトから出て階段に腰かけて2人の話に参加することにした。 「俺は東京生まれ東京育ち。都会のど真ん中だ。中学生の頃から学校帰りに渋谷や原宿で遊んでた。人がいっぱいでさ。地方から出てきた友達はみんな口をそろえてうらやましがる。 だけどさ、年がら年中騒がしいわけよ。賑やかっていうより騒がしい、俺はそう感じる。もうこんなとこ嫌だ、って思っても帰るとこはないのよ。 都会のど真ん中の実家しか、帰るとこはないんだよ」 俺は大きく肯いた。そうなんだよ、あんたの言う通りなんだよ、と。 俺も実家は東京だ。区じゃなくて市だけど、人がワイワイしている騒々しい街だ。気分を変えたい、環境を変えたいっていっても無理なんだ。 だから、逃げ帰るって信二が言った時、逆にうらやましく思った。 そして見損なった、とも思った。
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