勝利の女神はどちらを向くか

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 向き合う二つの銃口が、まるで魔法の杖のようにお互いの動きを封じ込めている。  当の本人たちにとっては、そんなファンタジーめいた例えをしないでくれ──と、嘆きたい場面でもあるのかもしれないが。 「……なぁ、シゲルよ。俺はそろそろ、腕が疲れてきたんだが」  煙草を(くゆ)らせ器用に笑った男は、それでも古いリボルバー式の銃の照準だけはずらさなかった。  片手で顎ひげをさすり、煙草をくわえ直す。その動作だけでも、相対する男より余裕を感じさせるふるまいだった。  向き合っているシゲルと呼ばれた男は、眼鏡の奥の気弱そうな瞳を、限界にまで開かせている。両手でハンドガンを握りしめ、足を前後に踏んばり立っていた。開いた口から、細いネズミを思わせる耳障りな声で威嚇のセリフを吐いた。 「偶然だなぁ、松本さん。俺もちょうどそう思ってたんだよ。なんならあんた、ちょっと休んでもいいんだぜ?」 「そうはいかねえよ。残念ながらな」  田舎の山間に忘れられたように建つ廃墟ビルにやって来た二人のヤクザ。  一人は、組長の女に手を付けたシゲル。もう一人は、シゲルの処分を言い渡された松本だ。  銃撃戦を繰り返してたどり着いたのが、このビルの屋上だった。  こうして銃口を向き合い膠着状態となって、どれほどの時間が流れただろうか。痺れるほどの長い時間を経て、ふたたび沈黙を破ったのは兄貴分である松本の方だ。 「なぁシゲル。なんで組長の女に手を出した? そんなにいい女だったのかよ」  それにシゲルは答えない。  ただまっすぐに銃身を水平に保ち、その口を松本に向けていた。松本は煙草を下に落とすと、ジリ、と踏み潰した。 「シゲル……俺はよ、本当はお前を殺したくなんかねぇんだよ。可愛い弟分だ。情もある」 「……ハッ、あんたは嘘つきだからな。信用ならねえ」 「へぇ、嘘つき?」 「そうだ。今、そうやって銃をかまえてるけどよ……弾が残ってるってのも、嘘だろう? 俺はちゃんと弾の音を数えてた。あんたは全部、撃ったはずだ」 「ほぅ」  松本が目を狐のように細くさせたことが、肯定と否定どちらを表しているのかはわからなかった。  松本はクックッと肩を揺らした。 「少しは成長してんじゃねぇか」 「は……はは。図星だろ。俺の勝ちだな。あんたは俺に勝てねぇ! 勝利の女神はこっちを向いてんだ!」  気を大きくしたシゲルが、松本に一歩一歩近づいた。  余裕の笑みを浮かべていた松本もさすがに危機を感じたのか、それともポーカーフェイスが崩れ始めたのか、眉をしかめた。 「おい、シゲル」 「ハッ! ようやく情けない顔を見せてくれたなぁ。俺はよ、松本さん。あんたが憎くて憎くて仕方なかったんだよ。俺はあんたのせいで、人殺しになっちまったんだ!」 「……全部、俺のせいか?」 「そうだよ!」  パン! と銃撃が一発、松本が立つコンクリートの床に撃たれた。  弾かれたコンクリートの破片が飛び、松本の頬に傷をつける。 「落ち着けよシゲル……俺たち、相棒だろ?」 「笑わせるな」 「いろんな仕事、一緒にこなしてきたじゃねぇか。俺が頭脳戦、腕っぷしのいいお前が暴れまくってよ」 「汚れ役を押し付けてただけだろうが!」 「シゲル……お前……」  銃口を向けられた松本は憂いを帯び──そして愉快そうに笑う。「本当に馬鹿だなぁ」と。空の銃を放る。  近くなったシゲルへと素早く手を伸ばし、松本はその手首を捻り銃を奪い取った。  そのついでにシゲルを蹴りつけ、床に転がし、間抜けに現れたデカい尻に靴の泥をなすりつけるように踏み潰した。 「ターゲットに近づきすぎると危ないって、教えただろう」 「てめぇ……!」 「おっと、動くなよ。形勢逆転してんだぜ?」  松本はスーツのジャケットからまた煙草を取り出すと、箱を揺らして一本、口にくわえた。器用に片手でライターの火をつけて、その紫煙を味わう。 「勝利の女神さんは、こちらを向いたようだ」 「くっ……」 「あばよ──愚弟」  そう、勝利の女神はシゲルになぞ向いてはなかったのだ。  憐れなシゲル。  ヤクザに身を落として、松本に利用されこき使われ、人を殺してまで組に貢献したのに、その利益は松本に奪われて。  自暴自棄になり女にうつつを抜かしたが、馬鹿だから組長のお気に入りのキャバ嬢とも知らなかった。  だから殺されるのは、仕方ない。  仕方のないことだ。  でも松本──お前も馬鹿だな。  勝利の女神はお前の方にも、向いちゃいなかったんだよ。  俺は物陰から二発、大事な人を奪ったヤクザたちに向けて撃ち込んだ。 終
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